花筏−おもひのいろ−
□第一章 花信風
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(・・・敵か?ここはまだ伊賀領域のはず。他国の間者か・・・?、あるいは甲賀者!)
普段はあまり使わない頭で、小四郎はあらゆる可能性に考えをめぐらす。
はらはらと降りつづく雨のなか、沈黙をやぶたのは少女のほうであった。
「あの、けっして怪しいものではありません。急に降られてしまい、雨をしのぐところを探していたのです。」
いっこうに警戒を解く気配の無い小四郎に、少女は一瞬だけ怪訝そうな表情をして見つめると、
「差し支えなければ、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
と丁寧にこたえてきた。
見れば少女は手に籠をたずさえている。
−どうやら山菜狩りの途中雨にあい、雨宿りをする場所をもとめてここにたどり着いたようだ−
(・・・近くの里のものか?)
「・・・この雨ならば致し方ない」
そうつぶやくと、小四郎は鎌から手を離し、樹にもたれかけて顔をそむけた。
万事あればいつでも対処できるよう、警戒を解かぬのは忍の性ゆえか。
「ありがとう」
少女はいそいで山桜の下に駆け込む。肩と肩がぶつかりそうな微妙な距離をなんとかたもちつつ、小四郎の横に立つ。
ふー、とつぶやき着物についた雫をはらいながら、小四郎に話りかけてきた。
(−困りましたね−酷くならないといいのだけれど−早くあがってほしいですね−)
などとすぐ横で聞きながら、
−よくしゃべる女だ−と思いつつ、極力この少女と関わらぬようとする小四郎は、まったく受け答えに応じようとしない。
そんな様子をさっしてか、少女もまた黙り込んでしまった。
いっこうにやまぬ雨は更に強く降りだし、静寂の時だけが二人を包み込む。
困ったことになった・・・
肝心の山菜は十分に採れていないし、目玉となる竹の子やたらの芽などはまったく見つけられずじまい・・・。急に雨に降られるわ、おまけに酷く降りだすわで、踏んだり蹴ったりだ・・。
しかも、見知らぬ者と雨宿りするとはめになろうとは・・・
小四郎は横目でちらりと少女を見ると目線をおとし探るように覗き込む。
頭から着物をすっぽりとかぶっており、顔は隠れてよく見えない。
その召し物は白練貫地で、細やかな刺繍がほどこされ手が込んだ作りになっている。
女人には珍しく袴を着用しており、絞り染めで処理された文様は素朴にまとめられていて、その身なりには気品が漂っている
しかし野山にはあきらかに不釣り合いなその風貌・・・。
(・・・どこか怪しくないと言うのだ!?)
と、少女に不審を抱きつつ、睨みつけた。
その時、少女がこちらをふり向き、目が合ってしまった。
−しばらくの沈黙−
小四郎はいま、目の前で繰り広げられている光景に驚愕する。
紅−ほとばしる流血のように鮮明な紅い眼が二つ並んでいる・・・
不可思議な瞳・・・
(こんな瞳を俺は知らない・・・)
(魔か、それとも妖しか・・・)
はじめてみる恐ろしく異様な光景に背筋か凍てつきぞっとする。
不可思議な者ばかり見てきた彼にさえ、これは激しく衝撃をおぼえる出来事であった。
存在するはずがない瞳の色・・・。
小四郎は、時が止まったかのように立ちつくし、ただ見つめることしかできなかった。
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