花筏−おもひのいろ−

□第三章 花宴・中編
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お幻屋敷の表門で伊賀方の出迎えを待つ甲賀一行。

険しい山道を越え、あれよあれよという間に宿敵と仇なす、
伊賀鍔隠れ一族の居城前に立つ…

しかも平穏無事に…


不戦の約定から
両一族跡目同士の婚姻へ
そして和睦へと…

四百年来の怨敵と互いに憎み合おうて来た
両一族の禍根は深く
そう易々と和平など受け入れられぬ…

と言う心境が
甲賀、そして伊賀の本音であった

筈なのだが…


両一族跡目同士の

「和睦を是非に!」との暴走に始まり、

周りを巻き込んだ修羅場から早九ヶ月…


今宵は正にその「和睦」が成立した証である
婚約お披露目の宴が開かれる…とは


目まぐるしく変わりゆく情勢に、
甲賀も伊賀も
心の内では承服しがたい物があるのは事実であり、
また、現状を受け入れつつあるのも事実であった。



「すっごい門構えですねぇ〜!ねっ兄様‼」

物珍しさにキョロキョロとあたりを見回すお胡夷につられ、左衛門も

「うむ、噂に違わぬ強固な造りだな」

と感心しながら呟く

その横で柱を見やる将監は意味あり気に
口を開く

「攻めるには中々骨が折れそうじゃのぅ」

「それはそうよ。織田奇襲の教訓を生かした城構えじゃからな!」

弦ノ介のお伴として幾度か伊賀へ
足を運んで入る丈介は
さも得意げに語る


「丈介…口を慎まぬか。
 まったく皆まで
 要らぬ詮索をするでない…」

前方で事の仔細を見守っていた弦ノ介は、
部下たちに注意を促す

静かなまでの口調の中に憤りが含まれている
その声色に、好奇心に駆られ意気揚々としていた面々は
ハッと我に返る


「もっ、申し訳ございません」

「はっ…つい出過ぎたマネを…」

「なれど、よい居城ですよ弦ノ介さま!」

「さすがは、お幻一族。侮りがたしじゃ」


非礼を詫びる者、感嘆し認める者、
各々一様とならぬ返答に
弦ノ介は苦笑するしかなかった


「ふ…。まったく口がへらぬ奴等じゃ」


こぅ和気あいあいとした雰囲気が
卍谷の良さであり

頭領を頂点に結束を強固なものとしていた


しかし心ならずも外れ者が居るのは
古今東西の習わしか…

ふっと…斯様な思いが頭をよぎる


己は微塵も、

そぅ考えたことは無い…

とは誓えなかった…


互いの続柄として

致し方ない生い立ちとしても…



母を苦しめ地獄を見せた



そして残されたのは只々

悲しい宿命を背負った妹…



眼を瞑り、フーと息を整え弦ノ介はゆっくりと
視線を落とし夕澄をみつめる


「かたじけのぅ…ございます。兄上」


淡々とした口調の中に幾何か痛みの混じる声色

深くかぶった召し物から妹の表情はみてとれない

それが甚く気にかかり弦ノ介の心を不安にさせる


「夕澄…」


と語り掛けようとしたその瞬間

ギギギ…と跳ね橋が音をあげ甲賀一行の前に
降ろされる

重々しい門がゆっくり開かれると同時に
可愛らしい声が空に響いた


「弦ノ介さまっ‼」

はぁはぁと息を切らせてこちらに駆け寄ってくる愛らしい許嫁の姿を目にとめ

「朧殿」

と優し気に微笑んだ


「おっお待ちしておりました…」

肩で息を調えながら嬉しそうに微笑み返す朧は

「お会いしとう…ございました」

と瞳を潤ませながら呟いた


いじらしい朧の表情に目を細めながら弦ノ介も
再度微笑みを返す


「わしも同じじゃ。早う朧殿の顔が見たかった」


「私も…です」

と恥ずかしそうに照れながら答えるこの少女が…

-伊賀鍔隠れ時期跡目の朧-

純粋可憐ではあるが
忍びの風体など微塵も感じられぬ
か弱い少女ではないか…

これが伊賀の時期頭領…

初めて朧を見る
左衛門、将監、お胡夷は些か驚愕する


全ての忍術を雲散霧消するという
「破幻の瞳」を持つという朧…

しかし如何なる忍術をも会得出来ず
忍びとしての実力は皆無に等しい

ましてや己の瞳術さえも扱う事
容易からず

敵いや味方をも滅ぼしかねない

危険極まりない諸刃の刃ではないのか!?


なぜ、伊賀者は斯様な少女を跡目として
選んだのだ?

伊賀の命運ここに決したり…


と好からぬ策謀をめぐらす三人を他所に
二人の世界は続いていた


「ほんに…その召し物もよう似合うておる
 今日の朧殿は一段と可愛らしい」

「っ…!弦ノ介さまにそう申していただけると
 うれしゅうございます」

あれやこれやと悩みぬいた着物を、意中の
殿方に褒められるなど女人にとっては
これほど嬉しいことはない

袖を唇に当てながら照れくさそうにはにかむ
朧は、幸せで胸が一杯だ


目の前で繰り広げられる、(桃色の)二人だけの世界を
見せつけられながら甲賀衆はぼんやりと
二人ののろけを聞かせれ、やや呆れ顔で見守るしかなかい



「よぅ参られた、甲賀の方々」


歓迎など些かもも感じさせぬ冷然とした声が
二人の世界を打ち消す




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