花筏−おもひのいろ−
□第一章 花信風
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四百年の永きにわたり、宿怨と称し、血で血を洗う争いを繰り返し、互いに憎み合うてきた伊賀と甲賀。
その楔を断ち切るため、甲賀の跡目である弦之介は、伊賀の跡目朧との婚約を足掛かりに両一族の和平の道を示す旗印として歩む。
婚約の成立により、不戦の約条は凍結され、両家に「和睦」とう名の許しがたい平穏な時が不気味なまでに流れていた。
慶長十九年卯月。うららかな陽射しのもと、春のおとづれを告げる桜がほころぶ山間なかで、一人の青年が暗い面持ちで山菜狩りをしていた。
青年の名は「筑摩小四郎」といって、伊賀鍔隠れの若き忍である。
彼は副頭領である薬師寺天膳子飼いの従僕で、伊賀十人衆に名を連ねるほどの腕前をもつ精鋭でもある。
腰と背中に二つたずさえられた大鎌は、いささか異様な姿をかもしだしている。
小四郎は明日おこなわれる、宴の席にだす食材をもとめて山に来ていた。
明日は、初めてとなる両一族が親睦を深めるための宴がもようされ、和睦の証しである婚約のお披露目がなされる。
実をいうとこの親睦会は朧たっての願いでようやっと実現したものであった。
事の子細を聞くにおよび、伊賀も甲賀も皆一様に苦虫を噛み潰したような顔をしてみあわせた。
(いくら和睦がなったとはいえ、奴らと席を囲んで酒を酌み交わすなど虫酸が走る!)
時期尚早もってのほか!
と、そんな両一族の不満などどこ吹く風と言わんばかりに
朧は嬉々として準備万端にこの日を楽しみにしていたのだ。
「けっして粗相のないよう、万全の備えをもってお迎えするように」
と、朧は勅命をくだす。
(姫さまの命なら致し方ない)
と、皆諦め顔で渋々ながらも、与えられた役割をこなすべく、いそがしく立ち回っている。
親睦会をきくにおよび、呆けぎみの小四郎に割り当てられたのが山菜狩りであった。
小四郎はずっと昔から、心秘かに朧を慕ってきた。
優しく別け隔てのないその心にわずかに淡い期待を抱きつつ、誰のものでもないその姿を見ているだけで幸せだった。
「姫」と仰ぎ、全身全霊をかけて仕えていくことを固く心に誓っていた。
しかし、朧は憎き甲賀へ嫁ぐことが決まっており、自分の手がとどかないところへいこうてしている・・・。
長年にわたり慕い続けた女(ヒト)ゆえに、なかなか踏切りがつかづ、行き場のない思いをさまよわせて、小四郎は悶々とした日々を過ごしていたのであった。
憎き甲賀者のために、今こうして山菜を摘む・・・。
そう考えただけで小四郎は深くため息をついた。
(何が悲しゅうてこんな馬鹿げた事をせねばならぬのだ?姫さまのためなら、いか様なことでも喜んでいたそう・・・。しかし甲賀者となれば話は別っ!)
「くそっ!」
と、思いっきり葉を掴み強引にひき千切りろうとした瞬間
−ズパッ!−と鈍い音がわずかに聞き取れた。
「っう!」
痛みを感じ手をひらく。見れば四本の指に横一文字の裂き傷が走り、紅い血がうっすらと滲んでいる。
こともあろうに山菜狩りで怪我をするとは・・・。
「ここまで呆けてしまったのか・・・」
普段から血の気の多い性格を天膳にたしなめられているだけに、
(またお説教か・・・)
と考えただけで、さらに憂鬱さが増し、小四郎は苦笑いをするしかなかった。
ポツ−ポツ−と、急に雨が降りだしてきたので、小四郎はあわてて近くにある山桜の下にかけこむ。
(・・・ついていない)
心の中でそうつぶやきながら、この雨天がまるで自分の心情をあらわしているかのようで、よけい感傷に浸ってしまう。
(・・・なにもかもこの雨が洗い流してくれたらいいのにな・・・)
はらはらと降る雨をながめつつ、細かい水滴が目の前に落ちた瞬間、
小四郎は気配を感じ、とっさに手を背中にまわし大鎌を握る。
「何奴だっ!」
鋭く啖呵をきり振り向くと
そこには見慣れぬ一人の少女が立っていた。
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