「この世から悪を駆逐します」
新人にしては大口を叩くやつ。最初の印象はそれくらいでしかない。しかし人に興味を持つことが少ない俺にとっては、十分なほど印象深かった。
「ほう…駆逐とは随分大きく出たな。それで?駆逐してどうするんだ。駆逐しても駆逐しても悪い奴等なんざぁゴミのようにいるんだぜ」
「そうですね、その通りです」
「ならどうする?」
「私が新世界の神になります」
「…あ?」
「そして人間共は私に平伏すが良いこのクズゴミめ!」
前言撤回。印象強い以前にこいつヤバイ。誰だよ入隊させた奴。
「私はケムリン、じゃないスモーカーさんのように甘くはないですからね。海賊でも良い奴がいるなんてそんな味噌田楽みたいなこと言いません」
「みそで…?つーか今お前ケムリンつったか、おい」
「根が良い奴だろうが悪い奴だろうが海賊は悪です。悪は正義に倒されるんです。日曜日のヒーロー物番組でも良く言うでしょう、正義は必ず勝つって。正義、すなわち神、すなわち私。お分かりかなスモーカーくん」
「お前新人だよな?モップ掛けしてる新人だよな?」
「頭が高ァアアイ!」
「お前がな!」
新人はモップを持ったそのいでたちで俺に食って掛かってきた。何こいつまじで怖い。
「麦わらの一味とか言いましたか、奴ら」
「あ?」
「あなたがまるで乙女のごとく一途に追いかけ続けてる例の海賊です」
「その言い回しやめろ」
「焼けちゃいますね、まったく」
「いいからやめろ。ついでに海軍も辞めろ」
「だが断る」
「(ウゼェ)」
「彼らは私が捕まえます」
その言葉に女の顔を見据えると、奴は今まで見たどの表情よりもドス黒く笑った。正義って顔じゃねぇだろそれ。
奴らを捕まえる?俺がそれを簡単に許すとでも思ってんのか。
「奴らは俺が捕まえる。お前に勝手なことはさせねぇぞ」
「ならば競争ですね。スモーカーさんと私、」
「…ああ」
「どちらが先に奴らを射止めるか」
「仕留めるって言え」
「こりゃ失敬」
ふふふと笑いながら目がまったく笑ってない女は高速でモップを掛け始めた。たしぎやヒナも大概だが女ってのはこんな癖が多い奴ばかりなのか?しかもこいつがこれから俺の部下?勘弁してくれ。大体なんで俺の隊希望してんだよこいつ。
「簡単なことです、あなたに一目惚れしました」
「……」
一際張った声に頭がグラァと揺らいだ。誰かこの馬鹿をとめてくれ。
「そんな地球外生命体見るような目で見ないでください。照れるじゃないですか」
「お前…頭おかしいんじゃ…」
「ふふふ、賭けでもしましょうか」
「は、」
「もし麦わらの一味をスモーカーさんが捕まえたら、私はこの隊を出る。もし私が奴らを捕まえたらスモーカーさんは私のモノ。いかがですか」
「……」
忌まわしい声がまた耳に響く。つーかこの声前にもどっかで……
モップを杖のように振りながら奴はまるで答えを既に手にしたような顔をした。誰がそんな賭けにならない賭けを受けるか。お前が俺を好き?からかうのも大概にしろ。
「からかってなんかないですよ」
「黙れ」
「スモーカーさんは助けた人のことなんにも覚えてないんだなぁ」
「何を…」
「でもね助けられた方は死んでも忘れないんですよ、あなたのこと」
モップを手に、女は下を向く。帽子が邪魔をして表情は読み取れなかった。
俺が昔助けた女…?
重い空気がヒシヒシと身体に伝わる。こいつ、どういうつもりだ。
「スモーカーさん」
「…なんだ」
「もうモップ掛け終わって良いですか」
「……」
「そんなことより早く私とあなたの未来のために麦わらを捕まえましょう。そして私たちの家庭のために平和な世界を作りましょう」
「もう黙れよクソ野郎」
ただの理想だけれど、
(こんな理想を描くのはあなたがいるからなんですよ)
FOR hello,baby様
ありがとうございました
20100712