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□お内裏様とお雛様
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女の子の誰もが羨む関係。むしろイメージの象徴。そういうものだと思うのだ。だから、そういうものになろうと努力する必要があると思うのだ。本来ならば。
「いや、ちょっと、今年距離近くないですか?やめてくださいマジ勘弁」
「雛様…」
雛壇の最上段に立ちすくんだ彼女は、恐怖とも呼べる顔つきで首を振った。その顔つきは数年前に彼の人との結婚が決まった時と同じくらい、絶望的な表情である。普段すました彼女の表情が歪む様は、一年でもこの時期にしか拝めない。座る位置に置かれた敷物を、必死で動かそうとする彼女の肩をたたいて諭すように言った。
「雛様、諦めてください」
「お前、楽しんでるでしょう。顔が笑ってんだけど」
「はい!」
「いい笑顔だな!」
桃の花が咲き誇る壇には、春の訪れを喜ぶかのように飾られた、色鮮やかな装束と供え物の数々。その主役である雛様も、白粉と紅で化粧をし、色とりどりの装束を身にまとっていた。
「今年の衣装も一段と雛様のお顔に映えています。内裏様もさぞお喜びでしょう」
「決めた、私と彼の間に屏風を置きましょう」
「何言ってんだあんた」
「無理、四六時中見られるとか無理。発狂する」
「あんたら夫婦でしょうが」
「まだ結婚を認めてないわよ、私は!」
「結婚したの2年も前ですけど!?」
いいから座れ、とにかく座れと彼女の膝裏に膝かっくんを決めたら、崩れ落ちるような勢いで倒れこんだ。
いや、倒れこみそうになった。
その彼女を支えるように抱きかかえた男は、いつくしむような動作で彼女を抱き起した。
「大丈夫ですか、姫」
その色男は、彼女の左手に自身の右手を重ねて微笑んだ。ノックアウト、フォーリンラブ。普通の乙女なら誰もが羨む状況だ。しかし、周りの官女がハートの瞳で彼の人を見つめているのも物ともせず、うちの姫は青ざめて白目を向きそうになりながら、叫んだ。
「…誰か、誰か人を呼んで!不審者よ!得体のしれない人間よ!」
「あんたの旦那様ですよ、雛様」
「異議あり!」
「却下」
権力の乱用だ、憲法は国民のために非ずと恨みがましそうに私を睨んだ雛様に気づいているのかいないのか。内裏様は彼女の手を握りしめたまま、うっとりとした表情で愛をささやき始めた。
「姫、今年もお美しい」
「離せ不審者」
「雛様、惚気乙」
「お前覚えてろよ」
「今年も貴女の横に座れるなんて、私は世界で一番幸せな男だ」
「天国で一番幸せな男にしてやろうか」
「雛様、惚気乙」
「お前マジで覚えてろよ」
中指を立てて鬼の形相で威嚇をする雛様の、なんと可愛らしいこと。
女の子の誰もが羨む関係。イメージの象徴。そのイメージとは程遠い2人。でも、微笑ましいと思わせる何かがあるのだ。たぶん。
お内裏様とお雛様
(雛壇バトルロワイヤル)
20140303