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□グッバイマイホーム
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「右よーし左よーし斜め上よーし」



小さい小さい声で本人は言ってるつもりのようだが、まるで駄目。てんで駄目。丸聞こえ
そんなことになどまるで気付かない彼女は、至って真面目な顔で号令を囁く



「突撃開始ー」



「突撃ってどこにさ」

「、ご、ぐお!」



今にも俺の部屋へと突撃しそうな彼女の後ろから、横やりを入れるように声をかけた。
肝心の後ろを確認してない辺りも彼女らしいというかなんというか。つまりは全てが穴だらけ。むしろ穴だ。



「お前はまた無断で人の部屋入ろうとして……」

「お前の部屋は俺の部屋」

「黙れ。無駄だって何度言ったら分かるんさ」

「無駄かどうかなんてやってみなきゃ分からないじゃん。安西先生も諦めたらそこで試合終了って言ってたもん。ネバーギブアンドテイク」

「ネバーギブアップな」



彼女が俺の部屋を漁り始めてから早3日が経過しようとしていた。だから言うの嫌だったのに、アレンの奴め勝手に教えやがって。口が滑ったなんて絶対嘘に決まってる。あいつの策士すぎる性格どうにかならないものか。
敵に回したくないとは奴のことだろう。



「部屋入ってどうする気さ」

「盗むに決まってんでしょ!」



こんなに堂々と盗人宣言されたのは初めてだった。てかなんで俺逆ギレされてんさ?



「なに盗むつもりさ」

「ありったけよ、ありったけ。ラビが盗まれて困るようなもの全部盗んで質屋に入れてやる」

「金儲けすんな」

「平成のネズミ小僧になってやるんだから。見なさい、この華麗な盗みテクを」



そう言ってまた部屋に入ろうとした彼女は、まだ開いてもないドアに顔をぶつけて引っくり返った。なにやってんのこの子、馬鹿なのこの子



「ばあああ」

「女の子らしい痛がり方して」

「ぐぎぎぎ、うっさい馬鹿」

「その言葉そのまま返すさ」



倒れたまま顔を手で覆った彼女は、しばらくゴロゴロ転がってたかと思うと突然その動きを止めた。



「ホコリだらけ、汚い」

「知ってる黙れボケカス」

「口悪い、醜い」

「見た目は関係ないだろォオオ」

「ごめんな」

「どういう意味よ」

「そのまんまの意味さ」



起き上がるのを諦めたらしい彼女は、ゴロンと寝返りをうつように俺に背を向けた。



「グス、」

「……鼻水垂らすなよ」

「泣いてるのに他に何かないのかよ」

「…化粧取れるさ?」

「バッカ!」



こんな奴、好きにならなければよかった
彼女が弱々しく呟いたのを聞き逃さなかった。いや、聞き逃せなかった。お前それ正解さ。俺なんかを好きになって得することなんてなんもない。お前とことん見る目ないおっちょこちょいさ、さすが穴だらけ。



「ごめんな」

「謝んな、ハズレくじ」

「うん、ごめん。てかそれ俺のこと?」

「他に何があんのよ」

「えー……」

「ハズレくじ、大凶、あんが入ってない鯛焼き!」

「うわー、残念な響き」

「あんたにお似合いだわ」



グス、と鼻をすする音が埃っぽい廊下に数回響く。静まり返った廊下にはもちろん誰もいるはずはなく、堪えようと必死の彼女の泣き声だけが木霊した。
ハズレくじ……妥当だな。だって俺、お前のこと泣かせてばっか。



「俺がいなくなったら寂しい?」

「寂しくないわよバーカバーカ」

「ふーん」

「いなくなってせいせいするっつーの」

「まじかー」

「マジマジ大マジ。もう絶対帰ってくるなよ、」

「……」



「あんたの夢叶えるまで」



ブックマン、なりたいんでしょ

小さく小さく摘むがれた言葉に、うん、とだけ返した。



「まあ精々頑張んなさいよ、ハズレくじが頑張ったところでたかが知れてると思うけど」

「他に言い方ないんかい」

「ラビ」

「ん、」

「バーカ」

「おっま……」

「ウソ、大好き」

「……」

「残念なことに」

「残念なんか」




ゴロンともう一度寝返りをうって振り返った彼女は、いつも通りの憎たらしくも愛しい彼女だった。すこし目を赤くしている以外は。
ホッとしたんだか寂しいのか良く分からない感情が胸の中で渦巻いた。







グッバイ、マイホーム

(郷愁なんて言葉は似合わない)






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