D4

□絶対的
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長かった髪は短く切った。

何も手をつけず真っ黒だった髪はピンクに染めて、お化粧もそれに合わせてチークは濃いめ、付け睫もバッサバサ。アイラインはバッチリひいてシャドーもラメ入りのペカペカしたのを何回もぬりたくった。そして念のための大きめサングラス。

ちまたで流行ってる濃いめのメイクは顔だけでなく気分も変えてしまうようで。
今の私はそんじょそこらのギャルには負けない程度にはイケてるんじゃないかと改めて鏡に目を落とした。


うん、負ける気がしない。



彼がよく訪ねてくるというバーは既にリサーチ済み。あとは待ち伏せるのみ。



ガランガランッ


「ちわっすマスター、いつものちょーだい。……はら?」

「……こんばんは」




勿体つけたような甘ったるい声でゆったりと喋る。あの時の私には、決してできなかった男をくすぐるごろニャン攻撃。



「…どうしたの?」

「いや…別に。お姉さん、可愛いさね」

「あら、ありがとう」



効果適面



「お兄さんもかっこいいのにこんなところで1人?」

「ああ、まあ」

「嘘。彼女の1人くらいいるんでしょう?あ、もしかして2人かしら?」



ふふ、と笑ってお酒に口をつければ彼も笑って酒を煽る。



「あいにく今は女はいねーんさ」

「今、は……」

「そう。今は」

「意味深ね」

「お姉さん鋭いさね」

「ふふ、そんな言い方したら誰でも分かるわよ。忘れられない人でもいるの?」

「……」



下を向いて黙りこくった彼に私も黙ってうつむいた。心臓がバクバク言って頭に血が上る。死んでしまいそうだ。

その時、おもむろに彼が口を開いた。



「迎えに行くって言ったやつが1人」

「……」

「仕事上、連絡すら取れてねーし居場所も分かんねーけど」

「…そう」



カラン、と氷が溶ける音がした。



「変な女でさ、同僚なのに敬語直んねーし笑わねーし愛想ねーし」

「ふぅん」

「初めて会ったときロボットかと思ったぐらい」

「不思議な子なのね」

「うん、ぜってー男なんてできるわけがないと思ってたんだけどな、」

「できたの?」

「うん、俺」



3日で落とされたのに落とすのに丸1年かかったと彼は眉を下げて笑った。
嬉しいときに見せる彼の癖の1つ。こんなとこまで覚えてる。なにもかも、鮮明に。

心臓が震えた。



「その子、のこと」

「ん?」

「その子のこと、迎えに行かないの?」

「……」

「まだ…行けないの?」

「……」

「そっか」



答えられないのはそれが答えだから。
そんなことを彼がいつか口にしていたのをぼんやりと思い出した。

正直、期待はしてた。けれど、会った瞬間そんなのどうでも良くなった。
はっきり分かった。何度裏切られようと、何年待たされようと、どうしようもない。


この人が好きだ。





「お兄さん、私ね、今日故郷に帰ろうと思ってるの」

「え、」

「だからこのバーでお兄さんと飲むのは最初で最後」



一緒に話せて楽しかったわ
そう微笑んで彼を見た。


ガタン、


途端隣の椅子が大きな音をたてた。




「迎えに行く」

「…え」

「何年かかっても迎えに行く、絶対。だから、」

「……」

「だからもう少し待って」



思考回路が彼の言葉をゆっくりと飲み込んでいく。それと同時に私の中で何かが弾けた。
気付いていたのか。



「、ごめん」

「なんで、謝るんですか」

「俺、お前に我慢させてばっかさ」

「そんなの今さらじゃないですか」

「うん、ごめん」

「だから別に謝らなくて、」


「泣かせてばっかでごめん」

「、」



本当に、なんで、今さら。



「私、彼氏いたんです」

「まじか」

「別に驚かなくていいですよラビさんだっていたくせに」

「いや、俺とお前じゃ俺の気持ちが違うんじゃ」

「相変わらずご自分のことばっかですね、すこぶるムカつきます。あの時だって気付いたら部屋からっぽにしていなくなったりして」

「それは、ごめ」

「謝らなくていいですよムカつくから。それにブックマンの仕事なんて仕方のないことじゃないですか」

「すみません」

「そうですよ。仕方のないことなんですよ。いつかはそうなるって分かってたことなんですよ、なのに」

「……」

「すごく、ショックだった」



ポタリ
また1つ頬を流れた水滴が手の甲に落ちた。



「お前の話はコムイから聞いてたんさ」

「…知ってます。ここへもコムイさんとっちめて吐かせたから来れたんです」

「まじか」

「コムイさんから聞いているとは思いますが、私ラビさんがいなくなった後に10人くらいと付き合ったんです」

「…まじか、聞いてねーけど…てか多くね?」

「あと、今度結婚します」

「…え、ちょ、え?」

「だから、忘れるために来たんです。本当は」

「……まじか」



そこで一呼吸おいて息を整えた。
大丈夫、ちゃんと話せる。
彼も少し躊躇してから私の方に目を向けた。



「正直、ラビさんがブックブクに太ってて見る影もないくらい不細工になっていることを望んでました。それ見て笑ってやるつもりでした」

「なんの嫌がらせさそれ」

「そうすれば吹っ切れると思ったから、迷わず結婚できると思ったんです」

「…なんさ、それ」

「でも」



緊張が二人の間を走ったのを肌で感じた
自然と泣きそうになって思わず笑った



「結婚は、無理そうです」

「……」

「すっごい癪ですけど、貴方が好きです」

「……」

「たぶん」

「たぶんはいらねーさ」



彼も泣きそうな笑顔でそう言った。










MUST BE

(I LOVE YOU)





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