文V

□甘えたがり
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向日他2名が振りかえると、隣室とトレーニングルームの掃除を終えた二年生3人が、荷物を取りに入ってきたところだった。


「何ですか?宍戸さん」


入ってきた途端に呼びつけられ、驚いた様子ではあったが気分を害した様子は無く、鳳はすぐに宍戸に返事をする。


「んー、カバン取って」


宍戸は顔も上げずに、だるそうに腕を上げて指をちょいちょいとだけ動かして催促する。


宍戸は普段から自分のことは自分できちっとする性格なので、まるで跡部が樺地を使うような態度に、全員が驚いたが、言われた本人は慣れた様子で少し笑って、すぐに宍戸のロッカーに向かった。


三年の前を通り過ぎる際に、今更ながら鳳は「あ、お疲れ様です」と頭を軽く下げた。


宍戸との扱いの差について言及しようと思わないでもなかったが、宍戸のことで驚いていたので全員流してしまった。


「宍戸さん、持ってきましたよ!」


鳳は宍戸の足元に荷物をまとめて置きながら、半分寝ている宍戸の顔を覗き込んだ。


「ん、サンキュ」


そう言いながら宍戸はおもむろに両腕を前に出した。


全員が「?」を浮かべながら宍戸を見守る中、鳳はすぐにその手を取って宍戸を引っ張り起こした。


「もー、宍戸さん!しっかり立って下さい。危ないですよ」


引き起こしてもらったはいいが、自力で立っているのも困難なほど眠たい宍戸は、額を鳳の肩にあて体を預けていた。


「長太郎ぉ、今日、送ってけ」


甘えているのか、眠気で舌がうまく回らないのか、どちらか判断付かないような口調で宍戸が言うと、鳳が破顔した。


「勿論、そのつもりですよ。何だか今日の宍戸さんは危なっかしくて放っておけません」


普段なら年下の鳳がこういうことを言うと、「お前、ナマイキ」と怒る宍戸だが、今日は言葉になっていないうめき声を微かに漏らして、鳳の肩にあてていた額を更に押し付けただけだった。


「はよ、送ったり。気ィつけや」


鳳に寄りかかったまま寝てしまいそうな宍戸の様子を見かねて、忍足が場を代表して声をかけた。


「はい。宍戸さん?帰りましょう」


眠そうに目をこすっている宍戸にいつも以上に優しく声をかけた鳳は、いつになく乱雑に締められている宍戸のネクタイを直してやる。


「カバン」


当然のように世話をやかれながら、さらに宍戸は足元にある自分の荷物を取ってくれと手を差し出す。


その場にいた鳳以外の全員が「自分で取れ!」と思ったけれども、鳳は宍戸の荷物を拾いあげながら、


「いいですよ宍戸さん、俺が持ちますから」


と笑顔で言った。


予想をはるかに上回る鳳の行動に、全員が呆然とする中、


「それじゃあ、お先に失礼します」


きっちりと礼をする鳳の横で、宍戸は軽く片手を上げただけで、鳳に付添われたまま部室を出て行った。


「じゃーなー」

「お疲れさーん」


扉が完全に閉まりきった後も、跡部が号令をかけるまでのしばらくの間は、唖然とした何とも言えない空気が部室中に漂っていたのだった。




END
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