文V

□そもそもの話
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夕方に社に戻ると、例のアイツが怒った顔で詰め寄ってきた。


やっぱりか。


「宍戸くんて、跡部社長と同じ氷帝学園出身なのっ?てことは跡部社長と知り合い!?紹介して!」


バレたか。誰だよ俺の経歴しゃべったの。


てか、お前。必死すぎだろ。


「中高同じ学年だったけどクラス一緒になったことねぇよ」


嘘じゃない。結局跡部とも忍足ともクラスは一緒にならなかった。


「えーじゃあ知り合いじゃないのー。ねぇ跡部社長ってどんなだった?」


「えー?」


もろめんどいっていう声を出したが、そいつはキラキラした目でこっちを見てる。


「目立つ奴だったよ。毎年アイツの誕生日とバレンタインは学校中お祭り騒ぎでさ」


「宍戸、お前ちょっとひがんでるだろー!さてはチョコ貰えない組だったな」


近くにいた先輩が急に話に入ってきた。


「跡部ほどじゃないっすけど、俺も毎年30個はもらってましたよ」


「30個ってスゴいじゃん!てか跡部社長ってどんくらいチョコもらってんの?」


「知らね。毎回段ボールが積み上がってたけどな」


「すげぇ。マジかーそんな奴いんのかー、自慢とかしてくるだろ」


「そっすね」


多分自慢もしてたと思う。


俺は高校時代の記憶を手繰ってみるが、あいにくとバレンタイン前後は不機嫌になる跡部の顔しか思い出せなかった。


俺が毎年跡部にはチョコやらないのに、長太郎には誕生日プレゼントと一緒にチョコも渡してたから。


「もしかして跡部社長って周りの学校の女子にも人気あった?」


当時の跡部の滅多にお目にかかれなかった拗ねたような不機嫌な顔を思い出してぼんやりしていた俺は、同期のはしゃいだ声にハッとして無理に笑った。


「あったあった。あいつ生徒会長だったし、テニス部の部長でめっちゃ強かったから」


外部にブァンクラブがあったくらいだと言うと、同期と先輩は「へぇ」と目を丸くした。


そりゃそうだ。んなのはドラマか漫画の中の話しだっつの。


「あ、俺もう上がります」


俺は時計を見て立ち上がった。定時に帰社したが、思ったより時間が経っていた。今日中にやらなきゃいけない仕事もないし、早く帰りたかった。何だかひどく体も気分も重たい。


「お疲れ様ー」


周りの挨拶を背に受けながら扉をくぐった俺の耳に、さっきの先輩の声が微かに届いた。


「あれ?そーいえば宍戸ってテニス部じゃなかったっけ?」


「えっ?跡部社長、テニス部の部長だったってことは、二人とも知り合い・・・?」


あーあ。

もう知ーらね。

明日なんとかしよ。


めんどくさかったから俺は閉まったドアを再び開けることはせずに、追っ手が来ない内にせかせかと退社した。


明日になったら跡部のことなんか忘れてくれてると助かるんだけど。


あいつは本当にスゴい奴なんだ。


俺たちが近づいていいような存在じゃないんだぜ。


同期に心の中で話しかけて、俺は一つため息をついた。
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