文W

□陽だまり
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「ただいまー」

啓太は明るく玄関の扉を開いた。

 中は薄暗い。

落ちていく夕日が、窓辺だけを赤く照らしていた。

 とたとたと軽い足音を立てながら、啓太は廊下を歩く。

リビングを通り過ぎて、一番奥にある部屋の扉を開いた。

「岩井さん?」

小首を傾げながら中をのぞくと、案の定キャンパスを前に岩井が座っていた。
 
 また絵を描くことに集中していて、啓太が帰ってきたことにも気がついていない。

昼過ぎは温かかっただろう部屋は、日が落ちるにつれて温度が下がっていた。

 啓太は慌てて側にあったリモコンを手に取り、暖房のスイッチを入れる。

そして、まっすぐ岩井の側に寄った。

「岩井さん。ただいま」

耳元に囁くと、岩井が振り向いた。

「ああ、啓太。お帰り。ごめん、気がつかなかった」

柔らかい笑顔の後に、すまなさそうな顔をされて、啓太は笑顔で首を振った。

「また、新しい絵を描いているんですか?」

キャンパスをのぞきこむと、緻密で美しい絵が不完全な状態で彩られていた。

 いつもの事だが、岩井の絵を見るたびに別次元に引きこまれるような感覚を覚える。

ふっと我に返って、岩井を振り返った。

 すると岩井は、どう思う?と言って微笑んだ。

「すっごく素敵です。早く完成したところが見たいですっ」

熱くなってしまって勢い込んでそう告げると、岩井は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「でも」

啓太は少し頬を膨らませて、自分の手を岩井の手に重ねた。

「やっぱり。こんなに冷たくなってる。暖房ぐらい入れて下さいね?」

小さい子を叱る様に言うと、岩井はしゅんっとなってしまった。

 ぷっと啓太が吹き出すと、ちょっと目を見開いてから岩井も笑う。

「それと・・・」

啓太が続けると、岩井はまた怒られるのかと困った顔をしていた。

「ちょっとだけ、俺にも構って下さい」

啓太は目を瞑ってささやかな願い事を言いながら、岩井の唇に口付けた。

 岩井は予想外な事に目を見開いてから、すぐに愛しそうな瞳で啓太を見つめた。

「啓太・・・」

謝るような口付けの後、愛を告げるような口付けをされて、啓太は幸せな気分に浸った。

「俺も、大好きですよ・・・」

啓太はそう囁きながらそっと岩井の唇にキスを返した。

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