文W
□nightmare
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どんどん追いかけている人物の背中が小さくなっていく。
ああ。何で僕はこんなに足が遅いんだ。
思うように動いてくれない手足を無理に動かしながら、己の運動能力の低さを呪った。
「待ってくれっ・・・・・・!」
苦しい息で喘ぎながら、それでも諦めずに懸命に足を動かす。
今追いつけないとダメなんだ。
あの背中を見失ったら、もう一生二人の距離は縮まることなどないのだと直感的に分かっていた。
だから運動音痴の自分が無理をしてまで走り続けているのだ。
しかし流石に息が上がりすぎて苦しくなってきた。
呼吸が困難になり、走りながら二度、三度せき込む。
本当にいつだって僕は・・・!
石に躓いてバランスを崩しながらも、もつれる足を無理矢理前へ前へと動かした。
いつだって情けない。理想にはほど遠い。
君がいないと何もできない。
君に追いつくことすらできない。
待ってくれ
待ってくれ
待ってくれ
僕を置いていかないでくれ!
もうそんなことを叫ぶ体力すら残っていなくて。
ただただ、死に物狂いで腕を前へと突き出した。
君が振り返ってこの手をとってくれますように。
そう一心に祈りながら、ありったけの力を振り絞って、前を駆ける人の名前を叫んだ。
「蘇芳ー!!!!!!」
自分の叫び声にハッと我に返った。
暗闇を見回すと、そこは見慣れた本邸の自室で、自分はベッドに上半身を起こして座っていた。どうやら飛び起きた直後らしい。
「会長!どうかなさいましたか!?」
扉が壊されかねない勢いで開かれ、俊敏な身のこなしで蘇芳が部屋に駆け込んできた。
「蘇芳!・・・・・・蘇芳っ」
先ほど夢で見た蘇芳の背中を思い出してしまい、残は震える声で蘇芳の名を呼ぶ。
「ここに、お側にいます」
案外近くから声がして、暗闇から伸びてきた二本の腕に両肩を掴まれた。
現実に引き戻すかのような力強い腕。
残は蘇芳の腕の中にもたれ掛かり、安堵のため息を吐いた。
「すまない。ただの夢だったようだ・・・」
精一杯いつも通りの声を出した残は、深呼吸を繰り返してから直ぐに、蘇芳にもたれ掛かっていた身を起こす。
「夢?・・・どんな夢だったんですか?」
「一番実現してほしくない悪夢だよ」
力無く笑いながら残がベッドに身を横たえ直すと、蘇芳が素早く掛け具をかける。
残が枕に頭を落ち着けるのを見届けてから、蘇芳は口を開いた。
「今の所、何の異常もありません。警備も万全です」
力強い蘇芳の声を聞いて、残は完全に平静を取り戻した。
「そうか、ご苦労。後は警備の者に任せて、蘇芳も休んでいいぞ」
本当は今一人にされるのは寂しかったのだが、残は無理をして「何なら一度帰宅するといい」と蘇芳を気遣った。
「いえ、朝までいます。どうせ帰宅しても会長のことが気になって眠れませんから」
まじめな顔でそんなことを言う蘇芳に、さすがの残もほとほと困ってしまう。
こちらの気も知らないで・・・と内心呟きながら、残はさらに言葉を重ねた。
蘇芳にあまり無理をさせたくないがためである。
「うちのセキュリティーは万全だぞ。それにあの脅迫状は単なる脅しで、実行には移さないだろう。とは言え、万一に備えて、この部屋の前にもあんなに人数を配置しているんだ、蘇芳が休んでいても問題ないぞ」
そう言って蘇芳を見上げると、暗闇の中で思案する蘇芳の気配が伝わってきた。
「そうですね・・・」
やっと休む気になったか、と頑固な書記に言おうとした残が口を開くより先に、蘇芳が口を開いた。