文W

□年賀
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「むっ!妖気!?」

鵺野は食べかけの煎餅を口に押し込むと、咄嗟にこたつから出て身構えた。

ここは玉藻のマンションだが、どうやら家主が帰って来た訳ではなさそうだ。

見知らぬ妖気に鵺野は固唾を飲んで相手の出方を窺った。


ピンポーン


「・・・!?」

まさかの呼び鈴にびっくりしながらも、鵺野が玄関カメラの画面を覗くと、そこには狐と猫とおぼしき妖怪の二人連れが立っていた。

狐がいるということは玉藻の関係者だろうか。

鵺野はいぶかりながらも、一応数珠と観音経を持って玄関へ向かう。

ガチャ

鵺野が扉を開けると紋付き袴姿の猫と訪問着姿の狐が頭を下げた。

「明けましておめでとうございます」

「はぁ・・・」

丁寧に新年の挨拶をされて、鵺野は戸惑いながらも軽く会釈を返す。

「新年のご挨拶に参りました。ご主人はいらっしゃいますか」

猫に尋ねられて鵺野は頭をかく。

「今ちょっと出てるんですが・・・しばらくしたら戻ると思います」

鵺野の言葉を聞いた猫と狐は顔を見合わせる。

「でしたらお帰りになれましたらよろしくお伝えください。これはつまらない物ですが・・・」

狐がまた丁寧に腰を折ってから、そっと熨斗付きの箱を差し出して来た。

「私もこれで失礼させて頂きます。どうぞよろしくお伝えください」

猫の方も頭を下げてから風呂敷に包まれている一升瓶二本を差し出して来た。

「あっ!これはご丁寧にどうも・・・」

鵺野は慌てて頭を下げながら手土産を受け取る。

「それでは、今年もよろしくお願いいたします」

丁寧に頭を下げられて、鵺野もお辞儀を返す。

鵺野が頭を上げるともう猫と狐の姿はなかった。

鵺野はとりあえず一升瓶をキッチンのカウンターに置き、箱の方はこたつに置いてから、冷めかけている緑茶を飲んで一息ついた。

「えーっと・・・何だったんだ?」

呆然としながら煎餅を食べていると、玄関の扉が開く音がした。

一瞬びっくりしたが、すぐに馴染んだ妖気が漂ってきたので鵺野は体の力を抜く。

「ただ今戻りました。玄関の辺りで変な匂いがしますが、何かありましたか?」

「お帰りー。何かお前にお客さん?が来たぞ。これとそれ貰った」

コートを脱ぎながら縄張りを巡回する獣のように鼻をひくつかせている玉藻に、鵺野は先程の珍客の話をした。

「すみません。対応していただいて」

「いや別にいいけど・・・何で人間の俺が出たのに、向こうさんは驚かなかったんだ?」

「ああ、それはですね」

玉藻が人をだます時によく浮かべる愛想の良い笑いを浮かべたので、鵺野は眉を吊り上げた。

「お前、俺をだまそうとしてるだろ」

「だますだなんて人聞きの悪い・・・ただ、なんて言えば納得してもらえるかと考えていただけですよ」

「一緒じゃねーか!」

鵺野が観音経を手に取ったのを目ざとく察知して、玉藻はまあまあとなだめにかかる。

「実は・・・年末に九尾様に挨拶に伺いました」

「九尾に・・・?」

鵺野は殺生石の奥に住まう金毛玉面九尾の狐を思い出して複雑な顔をした。

玉藻を助ける時にその力を頼ったが、およそ人間の鵺野の手に負える存在ではなかった。

最終的には玉藻を助けることができたのだが、それは玉藻が自分で試練に耐えた結果であり、もし鵺野が一人で九尾の狐に対面していたら生きては帰れなかっただろう。

九尾は完全に人間の弱点を看破していた。

今までに三度敗北を喫した人間に敵意を持っているだろうし、もちろん妖狐一族至上主義なので、再び対峙するようなことがあれば鵺野にとってはなす術がないほどの脅威である。

「今の私は九尾様によって生かされている身ですから、きちんとご報告するべきだと思い・・・勝手をして申し訳ありませんが、あなたと生きていくことを九尾様に宣言してきました」

鵺野は驚きと呆れで咄嗟に言葉が出なかった。

とてもあの九尾の狐が人間と連れ添うことなど容認してくれるようには見えないが。

「九尾はなんて?」

「理解できぬと不愉快そうにしておられましたよ」

「やはりな。何でわざわざそんなこと報告したんだよ」

人間との情交など理解されないことは分かり切っていたので鵺野は苦笑して玉藻に真意を訊ねた。

「あなたを愛しく思うこの気持ちが、九尾様が求めておられた力の源であるという私の見解を報告したかったのです」

「そうか。でも九尾には理解されなかっただろう?」

「そうでもありませんよ。強大な力を手に入れるために私を生かしているのですから、理解できないと言いつつも興味深そうに聞いて下さっていました」

玉藻は目を細めて年末に九尾の御前に参上した時の事を思い出した。
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