文W

□アンビバレンス
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部屋に戻って制服を脱いでいた。

ネクタイを抜こうと結び目に手をかけた時、ふと、


「・・・・・・」


窓の外を見る。

茜色の綺麗な夕焼けが広がっている。

胸が切なくなるような景色。

綺麗な夕焼けに不審な点は何もない。


しかしこの世界の裏側で異変が起こったことが、なぜか自分にはハッキリと分かる。


閉鎖空間が現出した。


ため息を一つ落として、僕はネクタイを締め直した。



今月になってもう7回目の出動だった。

それだけ涼宮さんの精神が不安定になっているということだ。




理由はわかっている。


僕が彼を週末毎に独占しているからだ。


涼宮さんが頻繁に神人を造り出すようになった先月の末頃から、僕と彼は付き合い始めた。

明日も彼と二人で出掛ける。

今日の放課後、涼宮さんは彼を含む我々SOS団の団員全員に明日は海へ行くと命令した。

明日はもともと彼と出掛ける約束があったけれど、僕は一も二もなくうなずき、朝比奈みくるや長門有希も賛成した。


しかし、最後に残った彼だけが、涼宮ハルヒの思惑にそむいてきっぱりと首を横に振った。


涼宮さんはまさか彼に予定があるなんて想定していなかったらしく、目をみはって動揺していた。

涼宮さんは彼に欠席する理由を問い詰めたが、彼はちょっと僕の方を見ただけで何も語らなかった。



急に落ち込んだ涼宮さんは海水浴は延期にするということを告げると、静かに帰って行った。


涼宮さんは他ならぬ彼と海に行きたかったのだ。


彼女の願いを叶えなければとも思ったけれど、フォローの言葉も何も浮かばなかった。


とても嬉しくて。

彼が僕と二人きりで過ごす方を優先してくれたという事実が、ただ無性に、叫びだしたいほど嬉しくて。



幸せで胸がいっぱいになって、咄嗟に言葉がでてこなかった。


僕は彼女の願いを叶え、この世界の崩壊を防ぐために存在している。

ハズなのに。



閉鎖空間が消滅し、重い足取りで家路についていると、家の近くの曲がり角の自販機の横に見知った人物が立っていた。

「警告」

相変わらずの無表情で長門有希が告げた。

手にはよくわからない道具のような物があり、それは紛れもなく僕に向けられていた。

消されるとでも言うのだろうか。

「あなたのため。彼のためでもある」

無機質な声が脅してくる。

「ふふふ・・・」

口から乾いた笑い声が勝手に溢れていた。

「あるいはそれも仕方の無いことでしょう。あなたに任せます。僕の処遇も世界の未来も」

僕が笑顔で告げると、心の奥まで見透かしているのではと思うほどじっと僕を見ていた長門さんは、何かを理解したかのように一つ頷いた。

「分かった」

長門さんの承諾の言葉に、僕は自分で予想していた以上に安堵した。

「では」

僕は微笑みを浮かべたまま、長門さんの横をすり抜けその場を後にした。



「おかえり」

アパートの前に立っていた彼は、僕の姿を見て少し笑顔を見せながらそう言った。

「いらしてたんですか」

彼の笑顔が眩しくて、僕は胸がいっぱいになる。

あなたは僕が突然いなくなったら、悲しんでくれるでしょうか。

それはありえないことだと分かっている。

長門さんが僕を消すとしたら、僕に関連するすべての痕跡ごとになるはずだ。

「毎度おつかれさん」

彼は労りの言葉をかけてくれるけれど、こうして僕と話していた記憶も忘れてしまうのだろう。

長門さんとそのバックがどれ程の力を持っているのか分からないが、長門さんなら彼を悲しませるようなことは決してしないという確信があった。

良かったと、そう思って僕は笑みを深めた。

「お待たせして申し訳ありません、どうぞ入って下さい」

「さんきゅー。なぁ今日泊まっていいか?」

「勿論」

僕はこの世界の崩壊を防ぐために存在している。

けれども彼と世界を比べたら、世界の崩壊などいとわないと思っている。

なんというアンビバレンス。身勝手で自己中心的な危険人物。

長門さんがいてくれて良かったと思う。

これで世界という重荷を降ろすことができる。

「明日の計画でも立てましょうか」

「おー、そうするか」

このまま僕がいなくなることが、この世界と彼の幸せを守る唯一の方法だというのなら。

「どうかしたか?」

「いえ…」

靴も脱がずに玄関に立ったまま黙ってしまった僕を振り返った彼はあきれたように笑う。

彼を抱き締めるために僕は靴を脱ぎ捨てて自室に足を踏み入れた。

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