文V
□甘えたがり
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「宍戸、お疲れやなー」
テニスコートから引き上げてきた忍足は、着替えも半ばにソファーで寝てしまっている宍戸を見つけて声をかけた。
「めずらしーな。ジローじゃなくて亮が寝てるなんて」
忍足の後ろからぴょこっと出てきた向日も声をかけるが、宍戸は俯いたままである。
宍戸は座ったままの格好で寝ていて、しかも制服のシャツにやっと腕を通しただけ、という状態だった。
おそらく着替え中に睡魔に勝てず撃沈したのだろう。
「何だ宍戸、寝てやがるのか?さっさと着替えて帰れ」
最後にコートから引き上げてきた跡部にキツイ口調で言われて、宍戸はやっと微かなうめき声をあげて身じろいだ。
「いくら試験が近いゆーたかて、宍戸、最近がんばりすぎやって」
幾分か心配そうに宍戸を気遣う忍足の言葉を聞いて、跡部が口をはさむ。
「お前、『勉強と部活の両立ができないなんて激ダサ』とか言ってなかったか?
試験発表前にこのザマとは笑わせるじゃねーか」
「うっせー」
嫌味を言う跡部にかろうじてそれだけを言い返し、宍戸は眠気を払う様にのろのろと首を振った。
全開だったシャツのボタンを留め始めるが、宍戸の手つきはおぼつかない。
「ねみぃー」
ネクタイを締める段になると、宍戸は大きく舟を漕ぎ始め、再び夢の世界へと行ってしまいそうだった。
「亮、ホントに大丈夫か?家まで帰れねぇんじゃねーの?」
心配半分からかい半分の向日にのぞきこまれ、宍戸は眠そうな顔を上げた。
「大丈夫だって」
向日に何とかそう返しながら、宍戸はぼんやりと入口の扉に目を向けて、次いで短く一言。
「長太郎」
と呼び付けた。