文V
□傷だらけでも君と
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「っう・・・触んな」
治っていない練習傷に触れられて、宍戸は眉を吊り上げた。
「また増えてるじゃねぇか。今度は一体どんな練習してやがんだ」
不機嫌そうに自分を見下ろす蒼色の瞳に、裸の上半身を検分されて、宍戸は不機嫌に顔をそむけた。
「別に。関係ないだろ」
どんなにがむしゃらに練習したって、どうせコイツの足元にも及ばない。
抑えきれない悔しさやもどかしさが宍戸に素っ気ない態度を取らせるのだが、それを理解できない跡部にしてみれば、恋人だと思っている宍戸の態度は不快そのものだった。
「ハッ、また秘密か」
跡部は顔を歪めて笑うと強引に宍戸のズボンを脱がせる。
宍戸は抵抗こそしないが、顔は背けられたままだ。
「足も痣だらけじゃねぇか」
宍戸の下半身を見渡した跡部は、痛々しい青痣に少し悲しげに目を細めた。
「大丈夫か・・・?」
跡部は宍戸の片足を抱え上げると、ふくらはぎの青痣にそっと唇を寄せ、気遣わしげな視線を宍戸に投げる。
「へーきだぜ」
まだ自分の中のわだかまりを解けない宍戸は、相変わらず頑なに顔をそむけたまま素っ気ない返事しかできない。
自分でも子どもっぽいと分かってはいるが、今跡部の顔を見ると、もっと格好悪い弱音を吐いてしまいそうだった。
しかしその宍戸の態度が、跡部をますます不愉快にさせる。
「夜中に鳳と何やってんだ」
「痛っ」
痣になっている部分を強く掴まれて、宍戸は弾かれたように跡部を睨み、咄嗟にその手を振り払おうと蹴りを入れる。しかし跡部の顔を目にすると驚いて足を止めた。
「あと、べ」
ぞっとするほど冷たいアイスブルーの瞳が苛立ちと憎しみで輝いているのを見て、宍戸は少し狼狽しながらも何とか口を開く。
「長太郎は俺が無理やり付き合わせてんだ。悪くねぇよ」
とにかく可愛い後輩に被害が及ばないようにと気が焦ってその言葉を口にしたが、跡部には逆効果なようでますます強く痣だらけの足を掴まれた。
「そうじゃねぇだろ?」
薄笑いを浮かべながら、跡部は押し殺した猫撫で声で問いかけてきた。
その眼力と相まって有無を言わせないほどの恐怖を肌で感じる。
「お前が疑ってるようなことは何もねぇよ」
どうせ分かってんだろ、と目で問えば、跡部は辛そうな顔をした。
「お前が嘘をついてねぇのは分かってる。そうじゃなくて、俺に隠れてコソコソ鳳と何かやってんのが気にくわねぇんだよ」
人の気も知らないで、こっちは必死になって猛特訓してるというのに、それに対してコソコソなどと言われたことが宍戸には許しがたく思えて、怒りと悲しみで爆発しそうになったが、睨みつけた跡部が泣きそうな顔をしていたので宍戸はまたも驚いて口をつぐんだ。
「お前は俺のもんだッ」
玩具を欲しがる子どもじゃあるまいし、泣くなよ、と思ったが宍戸は口に出さずに苦笑した。
これ以上欲しいものなんて別にない、と真剣に言ってのけるあの跡部が、子どもみたいな独占欲で自分を所有したいと必死になって願っている。
宍戸は愉快に感じると同時に、制御不能なほどの愛しさが湧きあがってきて、笑いながら跡部に手を伸ばした。
「ジムとコート使わせろよ」
宍戸に求められるまま、跡部は宍戸を抱き寄せて手を強く握りながら、突然言われた言葉に不審げに眉根を寄せた。
「明日から、夜はお前ン家で練習するから」
ちょっと恥ずかしくて目をそらしながら宍戸が告げると、その瞬間ぎゅっと息もできないくらい強く抱きしめられた。
「痛っ、痛ぇよ!全身が!」
胸から腹にかけて痣だらけだし、擦りむいた傷口がむき出しになっている膝も、跡部に当って痛かった。
「ジムでもコートでも好きに使え。練習にも付き合ってやる」
そろそろ離して欲しかったが、跡部が本当に子供みたいに嬉しそうに笑っていたから、宍戸は傷口を遠ざけるために身をよじっただけで、そのまま黙って跡部に寄り添った。