文V

□そもそもの話
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俺は大学を卒業して商社の営業職なんかに就いちまったもんだから、経済新聞なんてものを購読している。


そのことを入社1年ちょいにして凄く後悔している。


定期的に顔写真付きでヤツのロングインタヴューとかが載っていたりするからだ。


今日もこうして、早朝からヤツの俳優みたいに映っている写真を見るはめになる。


そう、跡部グループの御曹司で、今は系列会社の社長職をやってる、俺の、元恋人。


そう、元恋人。


高校1年の終わりから付き合い始めた。


もともと出会いが最悪だったから、そこまで行くのに色々あったけど、付き合い始めてからはお互い好きになる一方で。


周りの奴らも長い付き合いだから、俺達のこと気持悪いとか思わずに暖かく見守ってくれてた。


とにかく順調だった俺達の関係。


それが終わりを告げたのは大学に入ってから。


跡部が欧州留学へ行ってしまって、俺は普通に都内の大学へ進学して、ようするに遠距離恋愛になってから。


跡部と会えない寂しさを紛らわすためにあの頃みたいにテニスに明け暮れていたら、丁度長太郎と久しぶりに会って。


浮気、までは行ってない。けど、長太郎とまた二人でテニスやったり、遊びに行ったり、とにかく昔みたいに親密にしてた。


それを跡部が知って、喧嘩になって別れた。


と、皆は思ってる。


だけど本当は違う。


アイツは鋭い奴だから、俺が長太郎と浮気してないことにちゃんと気付いてる。


だけど、俺が長太郎と何かあったと思わせたいと思ってることにもちゃんと気付いてて。


俺が距離を置くと、アイツもそうしたから、そのまま自然消滅みたいな感じになっている。


俺はぼんやりと新聞の中で不敵に笑ってる跡部の顔を見た。


「声、聞きてぇな・・・」


あの偉そうな声が、聞きたい。


バラエティ番組に出るか、ドキュメンタリー番組で特集組まれるか、跡部グループで不祥事でもおきるかしてくれないだろうか。


跡部の声が無性に恋しい。


いや、でも跡部に謝罪会見とかはできなさそうだな。


とか考えていたら結構時間がヤバくなってきたので、俺は慌てて着替えて家を出た。







「めっずらしー!新聞読んでら」


俺は入り口近くに座って新聞を読んでいた営業事務の女子社員をからかった。


同期のそいつは新聞から顔を上げるとちょっとにらんできたが、すぐにニヤけ顔になる。


「だってぇ、跡部社長があんまりかっこいいから!」


駅の売店でアタシに微笑みかけてたのー!って別にそういう意図で新聞社も奴の顔写真を載せた訳じゃねーだろ・・・。


それとも女性層狙ってんのか?いやいや経済新聞だぞ。んなわけねぇって、たぶん。


嬉しそうに跡部の写真を見せびらかしてくるそいつを俺は適当に鼻で笑った。


俺は朝イチで穴が開くほど見たっつーの!そのせいで朝から遅刻ギリギリだよこっちは!


「アタシと同じ年だってぇ、それで社長でイケメンって・・・あー結婚したい!」


こないだ大学時代から付き合ってた彼氏と別れたらしいそいつは、うっとりと跡部の写真を見ている。


言っとくけどあいつはそんな風には笑わないぞ。


もろメディア用の作り笑いにやられてしまっている同期に心の中で言ってやる。
実際はもっと人を小馬鹿にしたような笑顔しか浮かべてねぇからな!


そんで人のことなんかお構い無しの俺様男だぞ。


てかアイツこう考えるとモテる要素1個もねぇな。


「テレビ出ないかなぁ。どんな人なんだろー」


そいつの顔を見れば分かる。


想像上の跡部が本物とは正反対の優しい王子さまになってることが。


「激めんどいぜ。俺様で派手好きだしな。あ、あと声がエロい」


俺がそういうと、跡部の写真から顔をあげたそいつはきょとんとこっちを見上げてきた。


「何で・・・」


「さぁて!外回り行ってきまーす」


俺は大声で言って出入口に向かった。呼び止められたけど、他の社員の「いってらっしゃーい」と被って聞こえなかった、ことにした。
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