04/29の日記

21:30
新しい生活
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「吉良副隊長、こちらをお返し致します。」
「何?ああ、これは・・・・・」
渡されたのは小さな袋。
その中身はあの事件の後、証拠品として回収されたあの人から貰った品だった。
彼らの仲間と疑われた僕は、(元々私物の少なかったからだろうが)市丸隊長から渡されて物全てが調査対象になった。
勿論それは個人的に頂いた私物や日用品も含まれ、特に一番最後に渡されたそれは厳重に調べられたのだ。
「可能な限り元通りに戻しております。どうぞ受取り下さい。」
「・・・有難う。」
受取ったそれは夏のあの日と違い、とても冷たかった。
「イヅルー左手かしてー。」
締切前、机に並んで仕事をしていた最中に暢気な隊長の声が聞こえた。
「はい。」
書類から眼を離さず、左手ならば支障はないと判断して反論もせずに素直に差出した。
眼の端に映った隊長は懐から手拭を取出し、丁寧に開き何かを取出し僕の左手を掴んだ。
左手の薬指に感じた温かな感触は懐に温められた彼の体温。
「うん。ぴったりやな。」
填めた指を眺め満足そうに頷く隊長に酷く戸惑い狼狽えたのを覚えている。
「あの・・・市丸隊長。これは・・・?」
「指輪やけど?」
「それは見れば解ります。何故僕に?」
「ぷれぜんとやけど?」
「・・・今日は誕生日ではありませんし、頂く理由がありません。」
「誕生日や無かったら贈ったらあかんのか?エエやんよう似合うてる。」
当然のように笑う隊長は、今思えば、きっと知っていたのだろう。
”もう二度と共に誕生日を祝う日は来ないだと”
その数日後、現れた旅禍によってそれまで当たり前だと信じて来た日常も信念も全て崩れ去ってしまった。
「・・・・・どうしよう、これ・・・・・」
「で?何で私に?」
「これは僕が持つよりも乱菊さんの方が持っているのに相応しいのではないかと思うのです。」
あの人が最後まで気に掛けていた彼女に、本当は渡したかったのではないか、持っていて欲しかったのではないかと思うのだ。
「ふ〜ん、そう。・・・・・吉良、左手貸しなさい。」
不機嫌そうに僕をみた彼女は返事を聞く前に左手を取り、僕の指に指輪を填めた。
あの日の市丸隊長と同じように。
「何でよ。これはアンタが貰ったものでしょう。
ほら、アンタにピッタリじゃない。アンタが一番似合ってるわ。
・・・・・何よ?」
俯き笑い出した僕に怪訝そうに眼を向ける乱菊さんに耐えられず吹き出した。
「すみません。やっぱり幼馴染なんですね。市丸隊長と同じ事をして同じ事をおっしゃるから。」
前に向き新しい生活を歩み始めた彼女には必要無い物だったのだ。
「アイツはアタシには別れを告げて何も残さなかったけど、アンタには別れを告げずにコレを残した。
それでいいじゃない。」
前に進むだけが未来ではない。
たとえ僕一人過去にとらわれあの人に留まっていたって世界は何も変わる事などないのだから。
もう二度と外すまいと左手の指輪を空に翳すとまるで返事のように薄く光った。

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