02/07の日記

22:49
勿忘草
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「ギュッとして下さい。」
珍しく抱きついて来た細い身体に腕を廻すと胸に顔を埋め強く抱きついて来た。
「もっとギュッとして下さい。」
何か悪い夢でも見たのか、イヅルはたまに謎な行動をすることがあるが、本人にとっては意味のあることらしい。
「どうしたん?」
望み通りに腕に力を込めて抱き寄せて優しく囁くとイヅルは顔を埋めたまま市丸に小さく問うた。
「市丸隊長、隊長は               ですか?」
「そうやなあ。                    な。」
市丸の応えにイヅルは、泣き出しそうな声で叫び、増々強く抱きついた。
「僕は絶対隊長のことを忘れません。ずっとずっと覚えています。だから・・・だから!」
『ごめんなさい』と泣きそうな声でイヅルが告げた言葉の意味を今ようやく市丸は実感していた。

「ご飯出来たわよ〜。」
「はーい。」
階下の母の呼び声に応えて立上がった。
降りていく階段の途中で鏡に映った自分の姿に、はあっと大きな溜息が出る。
自分が”市丸ギン”であったことは物心ついた時から自覚した。同時に今の別の人間として生まれて来たことも。
今生の両親には不満は無い。善良で優しく何も知らずに我が子として深く愛してくれている。
二人の子として育っていく今の自分と両親を知らず疎まれながら現世での生を終え長く死神として生き死んだ過去の自分。
混じり合う記憶は時に深い苦しみに変り酷く心を苛む。
前世の記憶を持ったまま、今生で生きるとはこんなにも生き難いことだったとは。
あの子はこのことを知っていて、今にして思えばだからこその『ごめんなさい』だったのだろう。
「やっぱり・・・吉良の子やったんやなあ・・・」

市丸が吉良夫婦と会ったのは副官になって直ぐのことだった。
彼らは十二番隊に属する特殊能力者でその能力を欲した藍染の命令で二人を連れに行ったのだ。
「お待ちしておりました。市丸様。」
突然やって来た市丸に二人はまるで来ることを知っていたかの様ににこやかに迎えた。
「貴方が何故此処に来たかは解っております。」
未来予測といわれる予知能力を持つシヅカは未来が見えるのだといわれていた。
「一つ、約束さえして頂けるなら、私達は貴方様に従いましょう。」
「そんなんでエエの?約束なん、まもるかどうか、わからんよ。」
「いいえ。貴方は絶対約束をまもるお方です。」
当然の様に言い切る景清は魂に刻まれた過去が見えるのだと言う。
艶やかに笑うシヅカと確信に満ちた景清に興味を惹かれたボクは二人と『約束』をした。
「有難うございます。何れお礼は致します。」
頭を下げたシヅカにうっかりボクは触れてしまった。
『貴方の望みは叶いません。ですが願いは叶います。』
頭の中に響く声に驚き、目を見開いたボクを影清が掴む。
『今聞いたことはお忘れなさい。今はまだ覚えている必要の無いことです。
そして今日の事を思い出した時、貴方は再び輪に戻ります。』
そしてボクは彼らを忘れた。
思い出したのはボクに縋って泣く乱菊越しに空を見上げた時。
叶えたかったボクの望み ー 彼女が盗られたモノを取り返してやりたかった ー
叶うのだろうボクの願い ー 彼女は泣かずに生きていける。きっとこれから先もずっと ー
あの日、彼らと交した約束。
”イヅルを決して死なせないこと”

柔らかな光に包まれ穏やかに迎える二度目の死にボクは輪廻の輪に引き戻されていくのを感じた。
思えばイヅルは、二人の子であるイヅルにも程度は違えど能力があったのだろう。
あの子にはこの結末がみえていた。
これが二人が言ってた礼だったのか、死神として輪廻を外れた筈のボクが再び輪に帰ることも。
『ギュッとして下さい』と強請ったのは魂に”市丸ギンの記憶”を刻む為だったのだろう。
忘れないと覚えているとあの子は言ったが。
鏡に映る自分の姿は且つての自分姿ではない。
髪の色も、眼の色も、外見も声も、全く当時と違っている。
それになにより今のボクに斬魄刀は無く霊力も無く死神ではない全く無力な人間なのだ。
それでもあの子はボクに気付くだろうか?
ボクを ”市丸ギン”だと認め ”市丸隊長” と以前の様に呼び、笑いかけ愛してくれるだろうか?
「どうしたの?ご飯冷めるわよ!」
「今行く!」
母の呼び声に応え、鏡から眼を逸らし今生の子供の自分に意識を戻す。
前世の記憶があることは決して幸せなことではない。
でも後悔はしていない。『忘れない』と言ったイヅルを信じて出会う日を待つ。
全ては自分で望んだことなのだから。

『市丸隊長、隊長は生まれ変わっても今の記憶を覚えていたいですか?』
『そうやなあ。もしもう一度イヅルに会えるなら、覚えとってもエエな。』

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