05/15の日記

21:47
闇に棲む
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「ボクと一緒に生きてくれる?」
「・・・まるでプロポーズみたいですね。どうしたんですか?いきなり」
18歳の誕生日に後数分という深夜。突然告げられた告白に戸惑った。
彼の事は嫌いではない。それどころか、イヅルにとって命の恩人で、とても大切な人だ。
幼い頃に両親を亡くし、その死の異様さから親戚の誰もが引取を拒否し、施設ですら嫌がられたイヅルを引取育ててくれた人。
血の繋がりも、知合いですら無く、ただ第一発見者であっただけなのに。
「そうや。ボクはイヅルが好きやから。ボクと結婚して伴侶になってほしいんや。
イヅルやってボクのこと好きやろう。」
『好きか嫌いか』と問われたら迷わず好きだと答えるだろう。
両親の死のショックでそれまでの記憶を無くしたイヅルにとって彼はぽっかり空いた心の隙間を埋めてくれた全てだった。
「市丸さんのことは好きです。でも僕は男ですよ?結婚なんて出来ません。
からかうのは止めて下さい。そういう冗談は嫌いです。」
子供じみた悪戯をしてイヅルの反応を楽しむ人だ。
それにしても今回の悪戯は余りにも酷過ぎる。
俯いたイヅルの顔を両手で包み上げさせると、真剣な瞳で市丸が告げた。
「冗談やないよ。ボクは本気や。イヅルにはボクと一緒に生きてもらう。」
にいっと笑う市丸にイヅルはチリチリと危険を感じる。根拠のない不安が沸き上る。
「・・市丸さん?」
イヅルから両手を離し一歩下がった市丸に気を取られていたイヅルの肩をガシリと後ろから誰かが掴んだ。
驚いて顔を向けたイヅルの後ろには何時の間に立っていたのか黒い男の姿があった。
「あ、あなたは・・・」
記憶の奥底に封じられていた恐怖が甦り震える。
怯えるイヅルの目の前で頬を吊上げた男の口の端から大きな牙が光る。
『イヅル』
名前を呼ぶ甘い声につられて振り返ると市丸が楽しそうに笑っていた。
(熱い・・・・・)
首筋に感じたのは痛みというよりは熱だった。
悲鳴は初めて触れた冷たい唇に飲み込まれた。
首筋から身体の中に注ぎ込まれた何かが身体中に広がり、視界が揺れる。
『イヅル、お前は永遠にボクと生きるんや』
薄れていく意識の中、市丸の声が頭の中に響いた。
うっすら除く市丸の瞳の輝きに浮かびかけた記憶が再び薄れ消えていく。
ぐらりと力を無くし崩れた身体を力強い腕が支え抱きとめた。
「おやすみ、イヅル。エエ夢を。」
耳元で優しく囁く声を最後にイヅルは深い眠りについた。

「驚いていたようだけど、ちゃんと話したのかい?」
「全部を話す必要は無い。この子がボクの花嫁になるのは運命なんや。」
「随分気に入ってるね。」
呆れたように藍染は市丸に問いかけた。
”市丸が花嫁を育てている”というのは一族の中では有名だった。
藍染の問掛けににいっと笑うことで答えた市丸は、丁寧にイヅルを抱え直すと用意していた寝所へ運ぶ。
「まあいいよ。・・これで’借り’は返したよ。」
興味を無くしたように藍染は約束を果たしたことを確認した。

事の起こりは数十年前、ふとした油断から大怪我を負った時だった。
ハンターに追われた藍染は市丸に助けられ、弱った身体を治す為に獲物を求めて街へと向かったその途中。
偶然通りかかった吉良一家を襲い、その両親を殺した。
もっとも藍染に”殺した”という意識は無く、”生きるための食事”をしただけだ。
大人二人分の生き血を啜り怪我を消し、力を取り戻した藍染が怯える子供に向けた手を止めさせたのが市丸だった。
「もう良いでしょう。そないな小さな子、吸っても対して変らんやないですか。」
「一人だけ残しても可哀想だろう。両親の元へ送った方が親切だよ。」
「そないなことありません。えらい綺麗な子やしボクが育てます。」
「・・・いいだろう。君の好きにするといいよ。」
手を離し身体を退けた藍染に変って子供の前に進み出た市丸はうっすらと瞳を覗かせ子供の眼をとらえた。
「ええか、今日の忘れるんや。ええな。」
合わせた眼を逸らすことも出来ずコクリと頷いた子供はガクリと意識を無くした。
そして翌日病院で目覚めたイヅルは全ての記憶を無くし、市丸を両親亡き後、自分を見付け助けてくれた人だと信じている。

「目が覚めたら君を恨むんじゃないかな。」
愛おしそうにイヅルの頬を撫でる市丸に藍染が呟いた。
「そんなことどうでもええ。時間は沢山あるんや。どうとでもなる。
月は闇の中でこそ一番美しく輝くんや。この子はボクらと同じ闇の住人や。」
市丸にとり、月は力の源でもある。
月色の瞳と髪を持つイヅルとの出会いは市丸にとっては偶然ではない、運命だと感じていた。
「目覚めた時は空腹だろうから、最初の食事は君が用意してやるといいよ。」
目覚める日が待ちきれないと髪に口付け身体中に手を這わす市丸に別れを告げ、藍染は闇に溶けるように姿を消した。

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