小説

□¶歯止めの輪郭/R18.
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「起きろヤコ」
「ぶばっ!?」

カーチェイスの後半から意識の無かったヤコの頬を、
ネウロの革手袋の指が引き伸ばした。

「ぃッ…たいなぁ!ほっぺた伸びちゃう・・・って…あれ?」

車内には既にヤコのみで、どうやらネウロは車外からヤコを覚醒させたらしい。


「―――ここどこよ…」

「さあな…適当に走ったら辿り着いた」


ヤコの眼前には、意識を墜とす前と180度違う風景が広がっており、
鬱蒼と茂った木々はまるでミゼラブル号を覆い隠すように生え・・・
そこはまるで山か森の中という感じだった。
その木々が、ヤコの眸にも濃い緑の影を落としている。


「はっ!そうだあのパトカーの群は!?」

「それは全てマイテやったが…」

「・・・が?」

「ヘリを投入されたのでは流石に分が悪い」

「ヘ…ヘリ!!?」

(もしかして寝てる間に、単なる交通法違反から極悪人に昇格させられてる!!?)

「もう車は使えん、ここから先は歩くぞ」

「あ、待ってよどこ行く気!?ここがどこかも分かんないのに!」

「ここで一夜を明かしたいのか?まあ、我が輩はそれでも一向に構わんが」

「え?」


鬱蒼とした木々の間から微かに覗く空は、確かにオレンジを含み、
今が夕暮れ時である事を告げていた・・・


(あんたと野宿なんて冗談でもヤダ)

喉まで出掛かった言葉だったが、それをゴクリと飲み込むと、
ヤコは黙って車から降り、既に歩き出したネウロの後に続く。






「――――――…」


逆光になっている夕日が、目の前のネウロの姿を輪郭に変える・・・

光を遮る黒い背中が、一度失った感覚をヤコに思い出させた。



「・・・ネ…ネウロ!」

まるで泣き声のような声が、その背中を呼び止める。
言いようのない不安感は、ヤコの足を地面に縫い付けていた。

ゆっくりと視線を寄越すその横顔は・・・
夕日に照らし出され、それが他の誰でもない事を伝えてくる。


「…野宿希望か?」
「あだっ!!」

言葉と共に伸ばされた腕が、いつもの痛みとその存在感をヤコに伝え・・・同じ夕日の当たる肩口にポトリと落とした。

黒いだけだった輪郭は派手な色彩を放ち、ヤコの不安を溶かしていく。
前を見据えて進む緑の双眸・・・今その隣に居るのは、紛れもないヤコ自身だった。



「ヤコ…距離は何の為に有る?」

「…え?」


一瞬合わされた視線は、笑みを含んだように細められ、直ぐに別の対象へと移された。

「見ろヤコ、建物だ」

「え…どこ!?・・・あ」


ネウロの視線の先を見ると、木々がくり貫かれた場所に一軒の民家らしい建物が確かにあった。


「…良かったぁ…もしかして樹海みたいな場所だったらどうしようかと思ったけど、これで野宿は回避……あれ?」

「なんだ」

「いや、明かりが点いてなくない?」

二人を照らしていた夕日も沈みかけ、鬱蒼と茂る木々がその建物に暗い影を落としているにも関わらず、その窓に明かりが点っている気配は全くなかった・・・・


「…もしかしてお留守かな…」

建物だけ見つかっても中に人がいなければ何の意味もなく・・・
その不安に煽られてなのか、抑えきれない空腹感がヤコを襲う。

(うう…お腹の虫がいうことを利いてくれないや)

「フム…だがここでこうしていても埒があかん。次を探すのは確認してからだ」

「う、うん」

ヤコは胃袋に手を当てたまま、重くなった足を進めた。




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