小説

□‡[Specific gravity]
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* * * * * * *
■NEURO SIDE.


我が輩の携帯のディスプレイに“ヤコ”の文字が踊る…
わざと一拍置いた後、通話ボタンを押し言葉を掛ける。

この部屋に入ってから4時間、天井で微動にしていなかった我が輩を、
どこかに出掛けたと思い違いをしての電話らしい。

留守だと思い込んでいた部屋から飛び出したメロディーに、ヤコは驚いた様子だ。
…その声から察するに、どうやらヤコは壁の直ぐ傍に居るらしい。

我が輩は、言葉責めとも取れる嫌み混じりの返事を返しながら、その場所に歩み寄り…壁に背中を預けた。この壁を取り除けば、恐らくはヤコの背中が触れるのだろう…

そして3度目に、助手口調で放った嫌みの後、
ヤコは想定していなかった事実を漏らす――――


『そ、そりゃ部屋は分けたけどさ、行動まで全く別にしようとか、そんな事思ってなかったよ?その証拠に…』

…証拠?

『鍵かけてなかったし』


「・・・・なに?」

『だって下手に鍵なんか掛けてたら…』

「我が輩が壊すからか…」

『うん…部屋を分けたくらいであんたが引き篭もるなんて、予想できなかったし』


…では何か、ヤコは我が輩の乱入を拒んではいなかったと…?
それなら何故部屋を分ける必要があった?
我が輩の存在自体を拒むつもりが無いのなら、こんな薄い壁などぶち破ってでも越えたものを…
我が輩もまた、思い違いをしていたのか??
・・・意味が解らん。


『…ネウロ?』

「質問だ、ヤコ」

『なに?』

「部屋を分けた本当の理由はなんだ?」

『えっと、それはまあ…ケジメ…かな』

「…ケジメ?」

『ネウロさ、あの時…魔界から戻って一番に私を探してくれたでしょ?
そりゃあのやり方は問題だらけだったけど…
それでも私は嬉しかったよ…
あの瞬間、この3年間繰り返し考えてきた謎の答えが解けたんだから』

あの時、貴様も謎を解いていたのか…

『ネウロ』

「なんだ」


『桂木弥子は、脳噛ネウロを…愛してますっ!』


・・・・・・・・


あまりにストレート過ぎるヤコの言葉は、感情に疎かった我が輩にでも、疑問を抱く間すら与える事無く響いた。



『…あ、あれ?今の告白だったんだけど…何も言ってくれないの…?』

受話器越しのヤコの声に苦笑が混じる…

響き過ぎて言葉を失ったのだ…解らんのかミジンコめ。



「…携帯を耳から外せ」

『な、なんで?』

「そして壁に耳を付けろ」

『・・・・』

いう通りにしたようだ。小さな物音が、ヤコの体勢の変化を我が輩に告げた。


薄い壁を挟んだヤコの耳に、戻る過程で自ら解き確定付けた答えを…直接流し込む。


「ヤコ…愛している」





「…うん、ありがとう」というヤコの消え入るような肉声が、壁越しに返された。
体温など伝わるはずのない壁が、ヤコ分の暖かさを我が輩に抱かせる。
今我が輩の温もりは、しっかりとヤコを包んでいるのだろうか…
壁に唇を近付けたままで、その先のヤコを想う。


この感覚が錯覚だとしても、想いが通じているのなら、現実のものと何も変わりはしないのだろう。

不意に携帯からヤコの声が漏れ出す。

『…待っててくれる?』

「待つ?」

この期に及んで何をだ。

『ケジメの話…覚悟が出来たら私から行くから…だからそれまでは、部屋を分けさせて』

・・・つまり、心と身体の覚悟は別物だと言いたいのか。

「いつになるのだそれは…」

『え…わ、解んないけどとにかく待って!まだ気持ちに気付いたばっかなのに、いきなりそこまで進展できないよぉ!』

…なる程、
ヤコが部屋を分けるのは、想いの確信であり、それに伴う新たな覚悟を得る為の…準備期間という事か。

ならば待ってやろうではないか。

「よかろう…ただし」

『…え、条件付き?』

「取り消しなどは却下するぞ。来る時は二度と逃げられん覚悟で来い」

『う、うん、解った…』


ヤコに更なる覚悟の上乗せをし追いつめた後、我が輩から携帯を切った。



強制は無意味。

そんな事はとうにヤコから学んだ。


…さて、いくつの謎ののちに、ヤコの鍵は開くのか・・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――‥…10分後。


♪♪♪〜

「ヤコか、なんだ」

『ネ、ネウロあのさ…部屋代わってくんない?』

「何故だ」

『いやちょっと問題が発生しちゃってね…出来ればそっちの部屋に移りたいんだけど…』

「…だから理由は?」

『うっ…と、隣りが新婚さんなんだよ!!』

「フハハッ、貴様もそう遠くない未来に経験する事だ、後学の為に得意の聞き耳でも立てておけ」

『冗談でしょっ!?こんなんじゃ寝らんないよ!お願いだから部屋代わっ「断る!」

『この外道ッ!!』

「どうしてもというのなら、その部屋をキャンセルして来い」

『!!!!!』

「そうだな、今から5分間だけこの部屋の鍵を開けておいてやろう」

『5、5分!?』

「ああ、言っておくがこれは強制では無いぞ?選択権は貴様にある…存分に悩め」

『悩む時間すら無いわっ!!!』

ブチッ!



案ずるより生むが易しとは良く言ったものだ。
4時間かけた状況分析も、ほんの数分の会話で覆されるのだからな…

手本などなくとも、キッチリ向き合えば道は開ける。男と女とは、そういうものなのかもしれん。

「明日の謎の味は、格別なものになりそうだな…」


我が輩は、腰掛けていたベッドから立ち上がると、けたたましく転がり込んできた恋人を…暖かく迎え入れた。




Fin.
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