小説
□‡嘘の価値.
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* * * * *
…悩みながら歩いてしまった距離が、思いの他長距離だった事に戻る過程で漸く気付いた私…知らず知らず小走りなっていた為か、結構キツかった。
事務所が入るビルの足元で一旦上がった息を整えながら、私は4階の窓を見上げた…
…あれ?
電気が…消えてる…?
「な…なんで!?」
戻って来いとか言っときながら何で真っ暗???…意味解んないよもおおおおお!!
寝てんのかな…寝ててもいいや、叩き起こしてやるっ!!
エレベーターは一気に4階まで上昇し、開かれた扉の真正面に私の怒りの矛先は向いた。
足音を忍ばせる事もせず、一気にズンズン進むと、自分の名前が掲げられているドアを勢い良く押し開け、抗議の第一声――
「ちょっとネウロ!いるんでしょ!?人を呼んどいて何で真っ暗………え…?」
…暗がりに浮かび上がる仄かな翠の、まるでオーラのような輪郭。椅子ごと窓に向いているその存在は…
「 …ネウロ? 」
ゆっくりとこちらに向き直り、その姿を晒した。
それは…本来の『脳噛ネウロ』…極彩色の翼を持つ本物の……魔人。
「…なんで?」
「貴様が見たがったのであろう」
「…そうだけど、見世物になりたくなかったんじゃないの?」
自分を曲げて、私の要求に応えてくれた…?
「いらんのなら戻すが?この程度の時間では、まだ誰かがここを訪れないとも限らんし」
「あ、待って!…もうちょっとだけ、そのままでいて」
「 ……… 」
本性のネウロが私を見据える…なんでだろ、不思議だ。
見慣れているはずの人間の姿でいるよりも、こっちの方が…こいつの感情を読めるような気がする。
表情なんて固定されたままなのに… ネウロは今…戸惑ってる?
「ヤコ、何故我が輩の本性を見たがった…」
ああやっぱり…こいつは私からの理解不能な要求に戸惑っていたんだ。
そして…私がなんでこの姿を望んだのか…それは、
「確かめたかったからだよ」
「確かめる?」
「うん…そう」
ネウロが一度詰めて見せてくれた距離を、今度は私から詰め直す。
真っ暗な足元に気をつけて、一歩一歩探るように。それはまるで、出会ってから今日までの道程を確かめる儀式みたいに…
…答えを求めて。
もう、嘘はつかない。
「その羽根の腕で抱き締めてくれない?…あの時みたいに」
「 ! …ヤコ」
魔人に戻っても変わる事の無い、翠の螺旋の表情が移ろう。
やっと気付いた?…私の嘘に。
羽根の腕を広げ、私の身体を包み込みと…鉤爪の生えた指で自分の胸へと引き寄せた。
私が確かめたかったものはね… 私はちゃんと、『脳噛ネウロ』に惚れているか…だよ。
違いが色濃いこの身体で抱かれても、それでも“嬉しい”んだったら…もう間違いようが無いじゃん。
「…フン、豆腐に騙されるとはな…いや、貴様に限らず、脆弱な人間共通の知恵か」
…知恵…?
「そうかもね…嘘は、自分を護る知恵なのかもしれない。魔界に嘘は無かった?」
「魔人は攻めの生き物だ、護る為の嘘など必要ない…ヤコ」
「 ん? 」
「貴様は何から自分を護ったのだ?」
………普通にあんたからだよ。
でも、もういい。
「乗り越える事にしたから、護る嘘はもういらない」
「…何をかは知らんが、確かめられた…という事か?」
「…うん、充分にね」
「では、次は我が輩の確認作業に移るか」
「へ?」
腕の中から見上げたネウロは、既に人間の容姿に変わっていた。
「記憶喪失が嘘だったのなら、呼ばれた意味も理解できよう」
「 え…いや全然…」
本気で解らない。
「 …今日は何の日だ」
「それはホワイトデーだけど…って、あーーーッ!!」
『ではこれは、貴様からのバレンタインという事か』
一ヶ月前の囁きが蘇った―――――
暗闇に慣れた目が、目の前に寄せられた唇の輪郭を捉える…
「我が輩…借りはキッチリ返す主義だ」
人化した腕と凶器を隠した革手袋の掌に、あの時と同等の力が篭められ、私は人生で2度目の…キスを受け入れた。
その長い長いキスは、あの時と同じ感触と同じ匂い、それに煽られて湧いてきた感情も、あの時と同じ…ううん、それ以上の“嬉しさ”だった。
・・・・・・けど、
「ちょっ!ネゥ…ストップ!!!」
「 なんだ 」
気が付けばネウロの片手は、私の胸に当てがわれていた。
「いや幾らなんでもこれはお返しを逸脱してるって!!」
「 …おお、これか」
自分の手が置かれた場所に視線を落とすと、悪びれる事も無く…言葉を吐く。
「この姿でいるとたまに湧き上がるモノが有る。所謂…雄の本能というヤツだろう」
ああまあそりゃ健康な成人男子ならそうなんでしょうけども……でもね!
「私を道具としか見てないあんたに、これ以上の事が許せるか!!どけてよその手!!!」
「 ? 人聞きの悪い事を言うな、それではまるで我が輩が変態の様ではないか…道具に口づけをする趣味はない」
いやドSは立派に変態の中核を担ってるはz…って、今なんて??
“道具に口づけをする趣味は…無い?”
「私…ネウロにとって道具じゃないの?…ホントに?、マジで???」
「まあ、最初はそれを目論んだが…」
やっぱりかコノヤロー!!
「直ぐに無理だと理解した。ヤコ、貴様は…道具にするには意思が頑丈すぎる」
ネウロはそう言うと、目を細めて口元を緩めた。
…え…それって褒め言葉…?
「さて、これで我が輩を止める理由は無くなったな、服を脱げ」
「誰が脱ぐかっ!!!!」
そうして…
私のとんでもないバレンタインデーの記憶は、とんでもないホワイトデーの記憶に…あっさりと塗り替えられる事となった。
でもねネウロ…
嘘が人間の知恵なら、人間の女である私は、あんたに負ける気がしないよ。
Fin.
2009.3.14 後書き⇒