小説

□‡嘘の価値.
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「ねぇ…」

「なんだ」

「ちょっと本来の姿になってくれない?」

「・・・・・」

トロイに頬杖をつき本に視線を落としていたネウロは、キョトンとした表情で目を丸くした。

「…理由は」

「見たいから」

「断る」

「…即答?」

「見世物になる趣味など無い」

吐き捨てるように答えると、今度は私から身体を背け、再び活字の列へと潜っていった。

 …だよねぇ、私のゆう事なんてコイツが利くはず無いもんな。

私は、さっき読んでいた雑誌のページを開く。

[ホワイトデー特集!彼の本気とウソを見分ける方法]

そこに書かれてあった内容は、バレンタインに、恋しい相手にチョコを渡した女の子達を対象としている物で…まあ、
誰にもチョコを渡してもいない私は、その対象ですら無い訳なんだけど。

…でも、本気なのか嘘なのか、見極めてみたい相手がいるからなんだろうな…
いつもなら、文字を目に映した記憶すら残らないようなピンク色をしたページが、私の目を捉えて離してくれなくなっていた。

そしてその見極めたい対象は……ネウロ、あんたなんだよ。

…ごめん、でも嘘つきなのは私だ。
丁度一ヶ月前、あんたが私にした事を、私の脳は鮮明に記憶している。

引き寄せられた時の勢い。
視界を塞ぐ青。
それを押しのける間すら与えてくれなかった、意志の籠る腕の力強さも、一瞬細められた目も…
全部全部、ネウロの唇の感触ごと…憶えてる。

だから、五感を総動員して体験した感覚は、記憶を突付く度に、あの時感じてしまった痛みを伴って溢れ出す。

私は横を向くネウロに、一方通行な思考を注ぐ…

 何でだと思う?
私が嘘をついてしまった事にも、ちゃんと理由があるんだよ。
それはね…ネウロ、

“嬉しかった”から…なんだよ。あの時、“嬉しかった”私は…心が痛かった。
だってあの時あんたは、私を道具として使ったんでしょ?
あの人の知る権利を奪う為の…道具だったんだよね?私。
あんたが使う魔界道具、私もその中のひとつ…だから、あんな事が出来るんだよね。

私には最初から、知らないでいる権利すら与えられてはいなかった…出会った時点で無理矢理突き付けられた異端。

『もしも…もしもネウロの正体を知らずに出会っていたら』

私達の関係に『if』なんて有り得るはず無いのに…そう解っていても、自問自答はぐるぐる廻る。

「貴様は1ページ読み終えるのに、どれだけの時間が必要なのだ」

「! ちょっ、何時の間に!?」

ソファーに座り、ホワイトデー特集のページに視線を落としたままになっていた、私の顔数センチ隣りからその声は掛けられた。
…顔の向きが上下逆でだけど。
条件反射的に顔を向けてしまった位置には当然の如く、今私の思考の全てを握っている魔人のドアップが在った。

「うっ・・・・」

私は慌てて頭を180度ブンッ!と振り、見られたくない表情と、それと同じくらい読まれたくない…膝の上に広げてあった雑誌を閉じた。

「…ふむ、ホワイトデーか…ミジンコ風情の貴様の事、義理チョコとやらの回収で頭がいっぱいなのだろう」

 …見えなくても言葉尻の発し方で解るよ…今すんごく嫌味な顔でニヤついてる絶対っ!!
てか、やっぱ見られちゃったかさっきのページ…まあいいけどね別に。
あのページを見ていた私が、何を考えていたか…なんて、読めるヤツじゃないし。
そもそも…道具の思考なんて読む意味すら無いもんね。

「はいはいそーだよ!そんな訳で、私は今からバレンタインデーの回収に行くから帰るね、また明日!」

私は、ネウロに後頭部を向けたまま立ち上がり、ドアへと向かう。

「 ヤコ 」

反転したままの唇が、私を呼び止める。既に離れた位置にいるネウロに、私は漸く視線を向けた。

「…なによ」

「生ゴミの回収が済んだら、ここに戻れ」

 は…?

「なんで?今だって既に暗くなりかけてんのに、戻るの何時になるかわかんないよ?」

「構わん、むしろ好都合だ」

「…いや、だからなん…あ、はい…戻ります…」

外しかけている革手袋の隙間から、凶悪な刃物が鈍く光り…それが任意ではなく強制である事を告げている。

…私はソソクサと事務所を後にした。


* * * * *


勢いあまって出て来たはいいけど…さて、どこ行こう。

今年のバレンタインデーをすっかり忘れていた私は、本命はおろか義理チョコですら誰にもあげてない。
あげてない物が返ってくるはずもなく…例えあげていたって、いくら私でも自分から回収に行くはずないだろ馬鹿ネウロ!!

 ああ、 イライラする。

元々忘れてたくらいに、私にとってあまり意味の無かったはずのバレンタインデー…その日に起きた惨事。

 いや、惨事ってよりは珍事の方が合ってる気もする…だって陳腐じゃん、誰かを振る為の道具としてファーストキスを奪われるなんてさ…

その珍事を忘れた振りをする事で、日に日に募ってきたストレス。
持って行き場の無いイライラが、もう限界なんだと告げている…

一ヶ月間、堂々巡りを繰り返してきた自問自答だけど…本当はちゃんと解ってる。
『if』なんて、私に限らず誰にも無いんだ…起こった事も、受け入れた振りをしてきたあいつの正体も、私がキッチリ乗り越えないとダメなんだよ。

――不意のクラクションに、塞がれていた私の耳は抉じ開けられる…
下を向いていた顔を上げ、見渡した街並みは…既にスッポリと日が暮れていた。

バレンタインも共にしていたであろう恋人達が、距離を詰めて笑い合う。
…でも、例え人間と人間であっても、そうなるには努力が必要だったんだろうな…

私とネウロの間に横たわったままの先入観だって、要は同じなのかもしれない。
そして何よりも、あの時ネウロが引き寄せて距離を詰めてくれた事を、“嬉しい”と感じてしまった私は…乗り越えてみるより他に道は無いんだろう。

…もうそろそろ、戻ってもいい頃合いかな…

あいつが戻れと言った理由は解らない。でももう一度頼んでみよう…乗り越える為に。

私は悶々としながら歩いた道程を、今度は決意を固めた足取りで、引き戻り始めた。



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