小説

□‡駆け引きの余地.
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◆YAKO SIDE.


「ただいまー」

「そうなんですか…ふふっ」

あ、来客中だったんだ…いけない、挨拶挨拶。

「こ、こんにちは」

「では、私はこれで失礼します」

…あれ?この人確か…見覚えがある。
私は自分の記憶をガサゴソと穿り返す。
そしてその断片と照合する為に、ネウロの隣に立つ女性の顔をしげしげと見詰めていると…
今ネウロに向けていたのとは、あからさまに違う面持ちで見返された。
その眼差しに籠るものは……剥き出しの“敵意”

 …え? なんで敵意…?

ドキリとする程の冷たい視線は一瞬で伏せられ、私に向かって感情の籠らないお辞儀をすると、この場所を立ち去った。

…なんか怖いんですけど…

私は、心当たりのまるで無い、突然ぶつけられた敵意にかなり戸惑っていた。

「…フン、何かと思えば」

「え?」

背後から発せられた、ネウロの声に私が振り向くと、そこには既に椅子に踏ん反り返っているいつものネウロ。
そしてトロイの上には箱と、それを包んでいたらしいシックな色合いの包装紙が、無造作に放置されている。
ネウロはその箱の中から、一枚のカードを指で掴みだした…

「?…ネウロ、それ何よ」

「今の女記者が無理やり置いていった、プレゼントとやらの中身だ」

「あ!そうだ思い出した!今の人、HALの事件の後で取材に来た事あったよね!?」

「うむ、あの女も似たような事を言っていたな」

ああ、良かった思い出せて。
よし、これでスッキリ…は、しないかやっぱり。
素性が解っても、敵意の理由が解ってないんだった…

「で、さっきプレゼントとか言ったよね、なに貰ったの?」

「あの記者曰く、バレンタインのプレゼントだそうだが」

え…バ、バレンタイン!?あの人がネウロに!!!?
あ、そういや私バレンタイン忘れてt
   「 ぐっは!!!」


「それは貴様が処理しておけ」

ネウロはプレゼントの中身を私に投げて寄こした…ってか、顔を狙って投げつけられた。

「…ッつ〜〜って、ちょっとネウロダメだよ!!あの人わざわざこれを渡しに来たんでしょ?だったらきっと気持ちが籠ってるよ!」

そうだ、このチョコがこいつ宛のものなら、あの剥き出しの敵意だって理解できる。
絶対籠り過ぎるくらい気持ち籠ってるよ、これ…

「何が籠っていようが、喰えもしないものに触手など動かん…だがそれよりも」

「ん?」

ネウロはチョコと一緒に入っていたらしいカードを凝視しつつ、顔に指を当てがいながら話を先に進める。

「今の女、何か嗅ぎ付けたのかもしれんな」

「え、嗅ぎ付ける?最近何かやったっけ?取り敢えず私は覚えないよ…まあ、あんたは知らないけど」

「貴様ではない、あの女の対象はあくまで我が輩…これを読んでみろ」

言いながらネウロは、指を弾いてカードを飛ばして寄こした。
私はそれを視界の隅に収めると、条件反射的に身を翻す。

「紙一枚まともにキャッチできんとはな…このナメクジが」

「ナメクジに手なんか無いし、ってかそれ以前に、壁に突き刺さるようなカード誰が手ぇ出すか!!」

「チッ…まあいい、読んでみろ」

良くはないから!!!

私は、壁にめり込んだカードを引き抜くと、その綺麗な手書きの文字に目を向ける…

『今夜9時に、帝都クイーンズホテルのバーでお待ちしています。PS、貴方の秘密を教えてください(ハート』

…シックな包装紙にシックなカード、チョコも大人の香りが漂う高級チョコだけど、
文末のハートマークには、何やら乙女心を感じる…

でもこれって…

「ねえネウロ、読んだけど…」

私が視線を上げた先で、ネウロは窓を開け放ち、自らにイビルキャンセラーを使用している最中だった。

「え…何してんの?」

「不穏の元は早めに断つに限る、少し出てくるぞ」

「あ?ど、どこへ!?ちょっと待ってよ話がまだ終わってないのに!!まだいるんでしょー?」


・・・・・・・・・・・


「 ネウロー…?」


返事がないって事は既にいないのか…

『あなたの秘密を教えてください(ハート』

んー、確かに対象はネウロだけど…これって本当に不穏な文章???

私はネウロが抱いた危機感に、疑問を覚えていたけど、コンコンという聴き慣れた背後からの音に耳を奪われた。

「なにあかねちゃん?」

≪ヤコちゃん、紅茶入ったよ≫

「わあ、ありがと」

 …まあいいか。

「あかねちゃん、これ飲んだらトリートメントしてあげるね」

≪ありがと、ヤコちゃん≫

調べて何も出なければ、戻って来るよね…
うん、ほっとこう。


* * * * *


≪…ネウロさん遅いね、もう8時過ぎてるのに≫

「うん…そうだよねぇ」

どうしたんだろ…まさか本当にあの人怪しい人だったとか?それとも・・・

私の頭の中で巡り始めた疑問は、ドアを叩く音と、

「探偵いるかー?」

聞き覚えのある声に、塗り替えられてしまった。
あかねちゃんは、既に壁紙の中に飛び込み済みだ。

「え、石垣さん?」

「よっ!ってか、もう8時過ぎてるぞ、この不良女子高生が!!」

え…訪ねて来て第一声がそれ…?

「いや、えっと、ネウロが出たきり戻らないから、今日は仕方なく…」

「ふーん、ここも残業有りの職場か…どこも似たり寄ったりだな。俺も今週まだ10体しかプラモ造れてねえし、人使い荒過ぎなんだよなぁ先輩」

間違いなく笹塚さんのが忙しいと思う。
それに何造ったのか解んないから、10体が多いのか少ないのかすら解らない…
ある意味突込み辛いよこの人!

「あの、石垣さん、今日はどうしたんですか?」

「おおそうだ、忘れるところだった!」

…来た理由を忘れる人なんだ…

「笹塚先輩は…いないかぁ」

石垣さんは一通り事務所を見渡し、その肩を落とした。

「笹塚さん?今日は来てないですよ。どうかしたんですか?」

「いや俺、今日は先輩と別行動させられてたんだけど、俺が署に戻る前にあの人帰っちゃったわけよ」

「え?でも、なら携帯に電話は?」

「したに決まってるだろ、そんなの刑事の常識だ!」

…いや、世間の常識です。

何回かけても話中なんだよなー、それに何故か途中でツーツー音も切れるし…俺の携帯調子悪いのかなぁ」

ああ…着信拒否られてら…

「何やったんですか…石垣さん」


その時、聴き慣れた着信音がシラケムード満点の室内に鳴り響いた。
石垣さんが自分の携帯を取り出そうとアタフタしてるけど、それは紛れも無く、私の携帯の着信音だった。

…全くこの人は。

私は苦笑を漏らしつつ、急かす携帯をポケットから取り出し、開く。

「ネウロ…」

届いたのは、ネウロからの短いメールで…

『このまま指定の場所へ向かう。まだ事務所にいるのなら、帰ってもかまわん』

あ……とんだ珍客の来訪で忘れてたけど、もうそろそろ9時…会うんだ彼女と。
あのネウロがわざわざ会いに行くって事は、まさかのクロだったって事??

…え、でもそれってヤバクない?

もしもあの人が本当にネウロの秘密を握っているとしたら、あいつは間違いなく脳を弄って記憶を消す。
確か、人間の脳を弄るのは、ネウロにだって至難の業だったはず……

 ダメだ、止めないと!!

「あーあ、仕方ないな、今日は諦めて帰るか…聞いて欲しい事が山ほどあったのに」

「あ、石垣さん車ですよね!?」

「そうだけど?」


* * * * *



「ホ…ホテルーーー!?」

「あ、いやだから…」

「女子高生がこんな時間に、それも事もあろうにホテルまで送ってくれってか!!仮にも俺は刑事の端くれだぞ!?」

 あ…一応判ってんだ。

「違うんですって!さっきのメールはネウロからで…」
 「なんだ、事件か!?」

「!そ、そーなんですよ、ちょっと軽ーい事件が発生しちゃったらしくて、緊急の呼びだ…」
  「そーか事件か!そうならそうと早く言えよ水臭いなぁ」

 ……え?

「よし!帝都クイーンズホテルだな、俺に任せとけっ!!」

「石垣さん何やって…って、ええ!!?」

このなんちゃって刑事は、ガサゴソと車内からパトライトを取り出し、車の屋根に…取り付け始めた。

「これパトカーだったんですか!!?」

「ふふーん、このパトカー調子悪くて修理予定なんだ。で、帰るなら修理に出して来てって頼まれちゃってさぁははははは」


 …パシリかよ。

「さあ、いくぞぉ!!」

「ぅわっ!!!」

いきなりアクセルを踏み込まれ、私の背中はシートに張り付く。
赤色灯は鮮やかに点灯し、サイレンは闇を切り裂く勢いで鳴り響きだす。
…私達は廻りの視線を一身に浴びた。


「は、派手過ぎだってば石垣さんっ!!」

「え!?何が??」


やっぱメンドクサイよこの人おおおおおおお!!!



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