小説
□‡希望.
2ページ/3ページ
「フム…魔界の話か」
「今ここにいるのは、ネウロの正体を知ってる人間だけなんだし、何も問題ないだろ?」
「…魔界ねぇ…」
聞く気満々のヒグチさんに対し、笹塚さんは訝しげな表情を浮かべている…
「いいじゃん、そんな話滅多に聞けるもんじゃないし、笹塚さんだってホントは興味あるでしょ?」
「興味の有る無いは別だが、ネウロを知るって意味じゃ、聞いとくのもいいのかもな」
…魔界話かぁ…
ネウロは私相手に、たまにだけど魔界の話をしてくれる。
自分で気付いているのか、いないのかは解んないけど、毎回、楽しそうだった…
口では“戻る価値も無い場所”なんて言ってたけど、生まれ育った場所を懐かしいと思うのは、きっと魔人も人間も同じだ。
「そうだな、何から話すべきか…」
…でも、私限定でトバッチリを喰う恐れがあるから、今のうちに少し距離を…
「おお、そうだ」
「ぅひっ!!?」
ネウロは長い腕で、私の頭を鷲掴み引き寄せた。
さ、早速ぅ!!?
「何よイキナリ!痛いってばっ!!」
「解り易く説明するには相方が必要なのだ、手伝え」
「ええ!?ちょっ無理だって!私魔界なんて見た事もないのに…」
「貴様には以前、魔界の住人の姿を見せてやったではないか、アレを参考にしろ」
「…え、もしかしてそれってあのゲームの映像の事言ってる?あんなの見ただけじゃ解んないよ!」
「心配するな、貴様が一番雰囲気的に近い上に適役なのだ。光栄に思え」
…ごめん、魔界の皆様には悪いけど、全く喜べない…
「さてヤコ、早速だが椅子になってもらおうか」
「初っ端から生き物ですらねぇっ!!!」
* * * * *
結局四つん這いにされた私は、相方という名の椅子として、魔界語りに参加させられている…
「はいはいはい質問っ!魔界って何処にあって、どんくらいの広さあんの?」
「場所は地下だ」
ネウロは中指で、自分の足元を指差した。
「広さなどは決まってはいない」
「…は?」
私とヒグチさんは同時に反応を示したけど、
「・・・・・」
笹塚さんは、無反応のままだ…
「魔界は太古から膨張し続けている。我が輩が居た時には、そうだな…銀河系をスッポリ飲み込む程度だったが、
魔界を離れた今となっては、果たしてどこまで成長しているものか…まあ、我が輩の計算でいけば、銀河系三つ分程にはなっていよう」
何その倍速膨張!!!
てかどーやって地球の地下に収まってんだソレ!!?
「…へー、里帰りの楽しみがあっていいじゃん」
平静を装ってはいるけど、初っ端から突き付けられたスケールのデカさに、ヒグチさんも戸惑いを隠せてはいない…
「俺達の世界と魔界がかけ離れてるってのは、今の話だけでも推測は可能だけど、
でもさ、魔界から来たネウロが地上でも生きていられるって事は、共通する部分だってあるんだろ?」
「我が輩の場合、魔力で無理やり住み着いている部分もデカイが、無論共通点もあるにはあるぞ。
太陽、大地、水、温泉、食物等に加え、通信機器やゲーム、家具類、乗り物、愛玩動物の存在に至るまで、実に似通っている」
どこがだ!!?
どれもこれも一緒なのは名前だけで、中身は全く別物だったはず!!
「愛玩動物までいるんだ…それってどんな動物?」
あ、そういや私もそれは聞いた事がない…
「それはそれは愛らしい姿形をした、所謂癒し系だ。人畜無害な見た目に反して大食漢なのが玉に瑕だが」
「…何か桂木っぽくね?」
後半限定でだけど、キャラ被ってる感は否めない…
「そして魔界の人口調節にも、欠かせない存在だとも言える」
「え?…大食漢が人口調節に役立つ?なんでさ」
「主食が魔人なのだ」
「!!!!!」
愛玩動物に懇願する魔人達!!!?
「どうやって愛玩すんのさそれ…」
「全速力で逃げつつ、チラ見するのがツウの間では流行っていたな。
だが通常は、奴の食事中を見計らい、更に1km以上の距離を取った上で、軽く眺めるのがマナーだ。
我が輩も幼体の頃に餌にされかけた事があっ…
「・・・・・・・・」
笹塚さんはこの期に及んでも、あまり表情を変えていない…ってよりは、この人の変化は解りづらいだけかもしれないけど。
果敢に質問を続けていたヒグチさんも、既に相づちを打つ事もしなくなり、目を剥いたままになっている…
それでも…
今この時のネウロは、私には楽しそうに見えた。
ネウロだって、魔人だって、楽しい方がいいに決まってる。
「そういや…」
ずっと黙って話を聞いていただけの笹塚さんが、ついに口を開いた。
「弥子ちゃんを相方に指定した割には、相方が必要な話が出てこないんだが…それは何でだ?」
…そういやそうだ、私は魔界語りの最初からずっと今まで、椅子にされ続けているだけだった…
ネウロは、笹塚さんの問いに一瞬だけキョトンとした表情を返し、事も無げに答えた。
「気に入った椅子が有った。それが魔界での相方です」
「・・・そうか」
…ネウロが魔界に執着を持たないのは、語る相手が…いなかったから?
でも、そうだとしても…
魔界でのネウロにとっては当たり前の事で、それが日常で…寂しいなんて気持ちも湧かずに、
ただ淡々と、謎を追いかけて生きていたのかもしれない。
だけど、今はどうなんだろう…手駒以上の繋がりなんて、やっぱり望んではいないんだろうか…
「ネウロ、最後の質問OK?」
さっきまで魔界語りに驚愕していたヒグチさんが、ネウロに最後の質問とやらを投げる。
「アンタの主食、謎だよな?どんなのが好み?」
「フム…最も複雑で、最も深遠で、そして最も美味な…“究極の謎”だ」
「…うーん、それにはちょっと及ばないかもしんないけど…」
ヒグチさんはゴソゴソと、持っていた書類袋を開け、中から一冊のファイルを取り出した。
「試しに、これ食ってみる?」
「え…ヒグチさんそれ、未解決事件の捜査資料!?」
「ほう…」
ネウロの髪の束が、謎の気配に反応を示し出す…
そっか…ヒグチさんわざわざ謎を届けに来てくれたんだ…
だけど、捜査資料を笹塚さんの前で出すなんて流石にマズイんじゃ…
「やれやれ…場所はどこだ?…乗せてってやるよ」
「うをっ!マジで!!?」
「笹塚さん!!」
「ま、このメンツでランチってのも、たまにはアリだろ」
ありがとう…笹塚さん。
「ヒグチ、笛吹に黙っててやる代わりに、今度仕事手伝えよ」
「うわっ、それ取り引き!?」
「あ、そういえば…ネウロに話を聞かなくていいんですか?」
「ああ、もうじき休みを貰えそうだから、その時にでもゆっくり聞かせてもらうよ」
「では出掛けるとするか、究極の謎を求めて」
「…じゃあとっととどいてくんない?…私動けないんだけど」
漸くネウロから解放された私は、手と膝の埃を掃い立ち上がった。
そして、警視庁の二人に続いて歩き出すネウロの背中に向かって、少しだけ気になった質問を投げてみる。
「ねえネウロ」
「なんだ」
「アンタの相方だった椅子だけど、魔界に置いて来ちゃったの?」
「貴様の前任者か」
「椅子の後を継ぐ気は無いです…」
「我が輩が愛玩動物の餌に成りかけた時、身代わりとなったのがその椅子だ。今でも魔界カピバラの腹の中にあるかもしれんな、フハハ」
「な、なんだってええええ!!?」
…とても他人事とは思えねぇ…
「だがヤコ、憶えておけ…形有るものはいずれ壊れる」
「…ネウロ?」
前方を見据えたまま、クルリと表情を変えて発せられた言葉に、私の心は少しザワツキをおぼえた。
…でも、
「桂木ー、遅い!」
「あ、はーい!ごめんヒグチさん、今行くよ」
――ガシッ!!
「イダっ!!」
「貴様に合せていては陽が暮れる」
「悪かったね…」
得体の知れない巨大な力との戦い…その中に在るからこそ、忘れちゃいけないんだ。
“誰も独りなんかじゃない”
笹塚さんも、ヒグチさんも、私も…そして勿論、アンタもだよネウロ。
この先開ける事になるであろう、パンドラの箱の中身は…きっと、私達次第。
Fin.
2009.1.28 後書き⇒