小説

□‡希望.
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「フム…魔界の話か」

「今ここにいるのは、ネウロの正体を知ってる人間だけなんだし、何も問題ないだろ?」

「…魔界ねぇ…」

聞く気満々のヒグチさんに対し、笹塚さんは訝しげな表情を浮かべている…

「いいじゃん、そんな話滅多に聞けるもんじゃないし、笹塚さんだってホントは興味あるでしょ?」

「興味の有る無いは別だが、ネウロを知るって意味じゃ、聞いとくのもいいのかもな」

…魔界話かぁ…
ネウロは私相手に、たまにだけど魔界の話をしてくれる。
自分で気付いているのか、いないのかは解んないけど、毎回、楽しそうだった…
口では“戻る価値も無い場所”なんて言ってたけど、生まれ育った場所を懐かしいと思うのは、きっと魔人も人間も同じだ。


「そうだな、何から話すべきか…」

…でも、私限定でトバッチリを喰う恐れがあるから、今のうちに少し距離を…

「おお、そうだ」

「ぅひっ!!?」

ネウロは長い腕で、私の頭を鷲掴み引き寄せた。

さ、早速ぅ!!?

「何よイキナリ!痛いってばっ!!」

「解り易く説明するには相方が必要なのだ、手伝え」

「ええ!?ちょっ無理だって!私魔界なんて見た事もないのに…」

「貴様には以前、魔界の住人の姿を見せてやったではないか、アレを参考にしろ」

「…え、もしかしてそれってあのゲームの映像の事言ってる?あんなの見ただけじゃ解んないよ!」

「心配するな、貴様が一番雰囲気的に近い上に適役なのだ。光栄に思え」

…ごめん、魔界の皆様には悪いけど、全く喜べない…


「さてヤコ、早速だが椅子になってもらおうか」

「初っ端から生き物ですらねぇっ!!!」


* * * * *


結局四つん這いにされた私は、相方という名の椅子として、魔界語りに参加させられている…

「はいはいはい質問っ!魔界って何処にあって、どんくらいの広さあんの?」

「場所は地下だ」

ネウロは中指で、自分の足元を指差した。

「広さなどは決まってはいない」

「…は?」

私とヒグチさんは同時に反応を示したけど、

「・・・・・」

笹塚さんは、無反応のままだ…

「魔界は太古から膨張し続けている。我が輩が居た時には、そうだな…銀河系をスッポリ飲み込む程度だったが、
魔界を離れた今となっては、果たしてどこまで成長しているものか…まあ、我が輩の計算でいけば、銀河系三つ分程にはなっていよう」

何その倍速膨張!!!
てかどーやって地球の地下に収まってんだソレ!!?

「…へー、里帰りの楽しみがあっていいじゃん」

平静を装ってはいるけど、初っ端から突き付けられたスケールのデカさに、ヒグチさんも戸惑いを隠せてはいない…

「俺達の世界と魔界がかけ離れてるってのは、今の話だけでも推測は可能だけど、
でもさ、魔界から来たネウロが地上でも生きていられるって事は、共通する部分だってあるんだろ?」

「我が輩の場合、魔力で無理やり住み着いている部分もデカイが、無論共通点もあるにはあるぞ。
太陽、大地、水、温泉、食物等に加え、通信機器やゲーム、家具類、乗り物、愛玩動物の存在に至るまで、実に似通っている」

どこがだ!!?
どれもこれも一緒なのは名前だけで、中身は全く別物だったはず!!

「愛玩動物までいるんだ…それってどんな動物?」

あ、そういや私もそれは聞いた事がない…

「それはそれは愛らしい姿形をした、所謂癒し系だ。人畜無害な見た目に反して大食漢なのが玉に瑕だが」

「…何か桂木っぽくね?」

後半限定でだけど、キャラ被ってる感は否めない…

「そして魔界の人口調節にも、欠かせない存在だとも言える」

「え?…大食漢が人口調節に役立つ?なんでさ」

「主食が魔人なのだ」

「!!!!!」

愛玩動物に懇願する魔人達!!!?

「どうやって愛玩すんのさそれ…」

「全速力で逃げつつ、チラ見するのがツウの間では流行っていたな。
だが通常は、奴の食事中を見計らい、更に1km以上の距離を取った上で、軽く眺めるのがマナーだ。
我が輩も幼体の頃に餌にされかけた事があっ…

「・・・・・・・・」

笹塚さんはこの期に及んでも、あまり表情を変えていない…ってよりは、この人の変化は解りづらいだけかもしれないけど。
果敢に質問を続けていたヒグチさんも、既に相づちを打つ事もしなくなり、目を剥いたままになっている…

それでも…
今この時のネウロは、私には楽しそうに見えた。
ネウロだって、魔人だって、楽しい方がいいに決まってる。


「そういや…」

ずっと黙って話を聞いていただけの笹塚さんが、ついに口を開いた。

「弥子ちゃんを相方に指定した割には、相方が必要な話が出てこないんだが…それは何でだ?」

…そういやそうだ、私は魔界語りの最初からずっと今まで、椅子にされ続けているだけだった…

ネウロは、笹塚さんの問いに一瞬だけキョトンとした表情を返し、事も無げに答えた。

「気に入った椅子が有った。それが魔界での相方です」

「・・・そうか」


…ネウロが魔界に執着を持たないのは、語る相手が…いなかったから?

でも、そうだとしても…
魔界でのネウロにとっては当たり前の事で、それが日常で…寂しいなんて気持ちも湧かずに、
ただ淡々と、謎を追いかけて生きていたのかもしれない。

だけど、今はどうなんだろう…手駒以上の繋がりなんて、やっぱり望んではいないんだろうか…


「ネウロ、最後の質問OK?」

さっきまで魔界語りに驚愕していたヒグチさんが、ネウロに最後の質問とやらを投げる。

「アンタの主食、謎だよな?どんなのが好み?」

「フム…最も複雑で、最も深遠で、そして最も美味な…“究極の謎”だ」

「…うーん、それにはちょっと及ばないかもしんないけど…」

ヒグチさんはゴソゴソと、持っていた書類袋を開け、中から一冊のファイルを取り出した。

「試しに、これ食ってみる?」

「え…ヒグチさんそれ、未解決事件の捜査資料!?」

「ほう…」

ネウロの髪の束が、謎の気配に反応を示し出す…

そっか…ヒグチさんわざわざ謎を届けに来てくれたんだ…
だけど、捜査資料を笹塚さんの前で出すなんて流石にマズイんじゃ…

「やれやれ…場所はどこだ?…乗せてってやるよ」

「うをっ!マジで!!?」

「笹塚さん!!」

「ま、このメンツでランチってのも、たまにはアリだろ」

ありがとう…笹塚さん。


「ヒグチ、笛吹に黙っててやる代わりに、今度仕事手伝えよ」

「うわっ、それ取り引き!?」

「あ、そういえば…ネウロに話を聞かなくていいんですか?」

「ああ、もうじき休みを貰えそうだから、その時にでもゆっくり聞かせてもらうよ」

「では出掛けるとするか、究極の謎を求めて」

「…じゃあとっととどいてくんない?…私動けないんだけど」

漸くネウロから解放された私は、手と膝の埃を掃い立ち上がった。
そして、警視庁の二人に続いて歩き出すネウロの背中に向かって、少しだけ気になった質問を投げてみる。

「ねえネウロ」

「なんだ」

「アンタの相方だった椅子だけど、魔界に置いて来ちゃったの?」

「貴様の前任者か」

「椅子の後を継ぐ気は無いです…」

「我が輩が愛玩動物の餌に成りかけた時、身代わりとなったのがその椅子だ。今でも魔界カピバラの腹の中にあるかもしれんな、フハハ」

「な、なんだってええええ!!?」

…とても他人事とは思えねぇ…

「だがヤコ、憶えておけ…形有るものはいずれ壊れる」

「…ネウロ?」


前方を見据えたまま、クルリと表情を変えて発せられた言葉に、私の心は少しザワツキをおぼえた。
…でも、

「桂木ー、遅い!」

「あ、はーい!ごめんヒグチさん、今行くよ」

――ガシッ!!

「イダっ!!」

「貴様に合せていては陽が暮れる」

「悪かったね…」



得体の知れない巨大な力との戦い…その中に在るからこそ、忘れちゃいけないんだ。

“誰も独りなんかじゃない”

笹塚さんも、ヒグチさんも、私も…そして勿論、アンタもだよネウロ。


この先開ける事になるであろう、パンドラの箱の中身は…きっと、私達次第。






Fin.
2009.1.28   後書き⇒
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