小説

□‡安心の比率.
1ページ/5ページ

◆NEURO SIDE.


地上の、特にこの街は、真の闇を垣間見せる瞬間すらも無い。
そして、この時期は特に、その彩りと輝きを増し始める。

そこここで仕掛けられた、大げさで不必要な飾りは、我が輩の網膜を、脳を、刺激する。
そして、その不必要なはずの刺激の先に、いつも思い浮かぶ存在が、我が輩の隣で口を開いた。

「もうクリスマス仕様か…綺麗だよねぇ。魔界じゃ見れない光景でしょ?」

「フム、当然魔界にクリスマス等という物は無いが、これに勝るとも劣らない光の渦が、
年に一度だけ現れるイベントがあったぞ」

「へー、年に一度かぁ、それってどんなイベント?」

「愛のイベントだ」

「何そのそぐわないイベント名!?」

「何をゆう、魔界にも愛は溢れているぞ。
その時期に出現した光の渦は、丸一日かけて燃え盛り、始まりの半分の大きさまで収縮した後、
産卵に向かうのだ」

「さ、産卵!?…もしかしてその光の渦って…」

「魔界特有の発光虫…そうだな、地上にもいるではないか、そのような虫が」

「ああ、蛍とか?」

「まあそのようなものだ。もっとも、放つ光りのパワーは数万倍と桁違いである上に、
如何な魔界の住人といえど、直視すれば目玉が溶け出す程の、高次元の熱量を併せ持つ、
言わば…生きる核兵器だがな」

「え…それじゃ、誰も見れないじゃん…」

「心配には及ばん、皆それぞれに訪れる“愛のイベント”だ。虫の光りなど構っている暇はない」

「…は、繁殖期って解釈でいいの?…それ」

「まあ、そのようなものだ」

「で、何か想像ついてきたけど一応聞いとく…何でその光りの渦は半分になるの…?」

「交尾後メスがオスを喰らう。よって半数の光りは自ずと消滅し、
明け方には、それはそれは美しい光りの帯となって、産卵に向かうのだ」


「・・・・何その壮絶過ぎる愛のイベント…」

「そうか?カマキリの持つ本能と、別段変わりはしないと思うが」

「いや変わるって…カマキリは生きる核兵器じゃないしね…って、あ…」


街の喧騒を掻き分ける様に、不意にヤコの携帯が、その存在を主張し出した。

「…あ、ネウロごめん、急用入っちゃった…今日はもう謎も食べれた事だし、このまま帰るね」

「ウム、まあ良かろう」

「じゃ、また明日ね!」


急用などと言ったところで、その正体が生ゴミ関係であろう事は容易に想像がついた。
だが、役目さえ果せば問題はない。引き止める理由など…ありはしないのだ。

地上の光りの渦が、会話の終焉と共に我が輩に雪崩れ込み…再び何かを刺激し始めた。
僅かな熱量を失った左の肩口が、妙に寒々しく感じられるのは、
その得体の知れない刺激の副産物であるのかもしれない。


* * * * *


そろそろヤコの下校時刻だ。
我が輩は携帯を取り出す。始まりの頃のようにメールで呼び出すとゆう習慣は、
ヤコが自発的にここを訪れるようになった今では、殆どなくなっていたのだが…
ここ最近、その日常が変化し始めていた。

我が輩がメールを打ち始めると、携帯の画面が、何者かからのメールの着信を伝えてきた…

「…またか」

そのメールの送り主はヤコだ。
そして決まって打たれている文字は、“急用”
今月に入り、同種の文字は既に8回送られてきた。
だがその回数分、有無を言わせずここに引っ張り込んで来た訳だが…
我が輩が謎を解くと同時に、ヤコはいつも、その姿を消していた。
役目を果せば問題はないと思いつつも、その“急用”とやらに、興味以上の疑念すら感じ始めていた。


…フム、“押して駄目なら引いてみろ”とも言うな…
ここはひとつ、泳がせてやろう。

我が輩はヤコ宛てに、『かまわん』とだけ返信を返すと、
その意識をヤコに付けてある魔界虫へと傾けてゆく。
その虫の目に映し出されたのは、情報としてのみ、記憶に取り込んだ覚えのある街並みで…
その風景の中に、ヤコともう一人…同年代の男の姿が映し出された。
クレープと言ったか、そんな名前の生ゴミをそれぞれの手に持ち、
明るい面持ちで会話を交わすそのさまは、まさに“談笑”と、呼ぶべきものなのだろう。

我が輩は、無意識に己の記憶を探っていた…
そして、記憶している限りのヤコの表情を掴みだし、虫目線の中のヤコと照らし合わせる。
今映し出されているヤコの表情は、見紛う事無き“笑顔”
それに比べ、我が輩の記憶の中の表情を言葉で上げ連ねるならば、
“苦笑”“驚愕”“恐怖”“怒り”“諦め”“涙”そして、少しばかりの“確信”…
“笑顔”に至ってはそれよりも更に稀だ。

今のこの表情を100とするならば、我が輩に向けられた分の“笑顔”は、10にも満たない数値になるのだろう…


…しかし、だから何だ?


笑顔など有ろうが無かろうが、我が輩にとって役立つ人間であればそれでいいではないか。
元より我が輩がヤコに植え付けたものは、“恐怖”だっただろう…
それに返す表情が、“笑顔”である筈がない。
そもそも、我が輩はなぜ奴隷如きの表情などを気に掛け、悩んでいるのか…


 …悩む?
 我が輩がか?

「フン…有り得ん」

我が輩は断ち切るように、虫からの情報を遮断した。
…だが、これはやはり、由々しき問題へと繋がる可能性を秘めている。
我が輩の奴隷としての自覚が、出来てきたのだと思っていたが…手綱を緩めた途端にこのザマだ。

ヤコよ…貴様が抗い続けるのであれば、主人である我が輩は、より深く縛る手管を考えるとしよう。


明日に迫る、クリスマスに向けた客引き商戦とやらのせいか、幾分外は騒がしさを増している。
今のこの…少しばかりの苛立ちに理由があるとするならば…それ以外には無いはずだ。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ