小説
□‡移ろう解釈に潜む.
1ページ/5ページ
「あ、明日ぁぁ!?ダメだよダメ!そんなの絶対無理!!」
「一生ーーーっのお願いだってば!!ねえ何とか都合つけてよ、今回だけだからさっ!」
「叶絵だって知ってるでしょ?私がどれだけあの仕事に縛られてるか…」
…仕事にってか、ネウロにだけど。
「うん、判ってるよ。それを承知の上でこんだけ頭下げてんの!」
事務所に向かう為に急いで校門を出た所で、追いかけてきた叶絵に捕まり、
珍しくケーキを奢るからと言われ、私は王美屋に引きずり込まれた。
その叶絵が、今必死になって懇願している内容はと言えば、
言わずと知れた合コンのお誘いであるわけなんだけど…
彼女が今回これだけ必死になっているのには、訳があった。
「ヤコが来なきゃ始まんないんだってば!」
…どうやら、女子高生探偵桂木弥子と君も握手っ!…みたいな振れ込みで人数を集めちゃったらしい。
叶絵は拝むように手を擦り合わせ、かれこれ一時間も説得の姿勢を崩してはいない。
その姿が、まるでハエのその仕草に見えてきて、私は困り果てながらも、可笑しさがこみ上げてきていた…が、
そんな事を虫嫌いの叶絵に言ったら、本気でキレられそうなので、さすがに口には出さないでおく。
「脳噛さんだってさ、別に鬼じゃないんだから、ちゃんとお願いすれば一日くらい大丈夫でしょ?」
「…うん、鬼じゃないのは確かだね」
魔人ですが。
「でしょ!?あのいつも礼儀正しい、笑顔の似合う脳噛さんだもん、大事なヤコ先生のお願いなら絶対聞いてくれるって!!」
「……甘い」
「…ああ、そりゃフルーツタルトをホール食いすりゃあ甘さも堪えるでしょうよ…」
違うよ…
甘いのはあんたの考えの方なんだってば叶絵!!!
「紅茶、もう一杯頼もうか?ヤコ先生っ」
「 …いい。ってか、その呼び方ヤメテ」
いやまあ、フルーツタルトを完食した後でゆうのもなんだけど、これ以上奢られたらマジで逃げらんなくなる!
さて…、どうやって逃げ出そうか。いつもなら、そろそろ呼び出しメールの第二波が…
と、まさに私が食い逃げよろしく逃げ切る策を巡らせているさなか、
私のバックから、聴き慣れたメール着信音が鳴り響いた。
ほらきた…
私は急いで携帯を掴みだすと、そのメールがネウロからである事を確認する。
「ご、ごめん叶絵、ネウロからの緊急の呼び出しだから、私もう行くね」
「はいヤコ、フルーツタルト、ホール(大)と紅茶…、しめて4850円ね」
「ええ!?だって奢るって言ったから来たのに!」
「甘いわよヤコ、利益の見込めない出資なんか私がすると思う?
…あんた確か、お財布に1000円しか入ってないって言ってたよねえ…」
何そのネウロばりの黒い笑みはっ!!?
「知ってて嵌めたのかああああ!!」
「じゃ、決まりね!ここはキッチリ奢ってあげるから、約束…すっぽかすんじゃないわよ」
「……はい、善処します」
…もう、 どこまで大事なんだ、その合コン…
叶絵は黒い笑みの残像を残しつつ、財布をチラつかせながら会計へと向かった。
はっ、ヤバイ!こうしてはいられない。
二度目のメールまで無視したら、約束を破る以前に私の明日が多分無い!!
「叶絵ゴメン、私もう行くね!」
「OKー」
妙に勝ち誇ったような叶絵の声に送られ、事務所への道程を全速力で駆け出した。
* * * * *
―――バタンッ――――
「遅れちゃってゴメンッ!!」
私は取り敢えず、第一声を謝罪に変えてみた。
「早かったな」
「へ?」
…は、早かった??
「当然準備は済ませて来たのだろうな?」
「は???」
…準備って、なんの…?
はっ! もしかして、メール!?
王美屋で着信したネウロからのメール…
私はあの時、発信者のみを確認し、その内容を見忘れたまま…今に至っていた。
慌ててゴソゴソと携帯を取り出し、ネウロに背中を向けて、遅ればせながら内容を確認する……と、
From ネウロ
Sub(non title)
――――――――――――
今から一泊予定で調査に向かうぞ。さっさと準備を済ませて事務所に来い。
――――――――――――
…ヤ、ヤバイ!!
事務所にサンサンと差し込む西日は、私の挙動不審な背中に降り注いでいたはずだった…
その暖かな熱を、黒い塊が遮っている事に気付き、私は心身ともに…凍りつき、固まった。
「…ほう、我が輩からのメールを無視していたと…」
「ち、違うよ!これは無視したわけじゃなくってちゃんと理由が… あっ…」
ああああああああああしまった!!!
これは… ダブルブッキング!!?
あっちの予定も急だったけど、こっちは更に急過ぎっ!!
「まあいい、たかが一泊だ、必要な物は現地調達で事は足りる」
「え…、私1000円しか持ってないんだけど…って違う!!」
「 ? 何が違うのだ?」
「一泊なんて予定が当日発表って何なのよ!私にだって予定ってもんがあるんだってば!!」
「フム、貴様の予定か…、我が輩との一泊旅行を拒む程の理由があるとゆうのならば、聞いてやろうではないか」
「…妙な言い方ヤメテくんない?ようは謎解きに行くだけでしょっ」
「…まあ、それもあるな」
…それも? まあいいや、きっとこれはいい機会なんだ。
このまま、ネウロに私の生活の全てを握られるわけにはいかない。
この先こいつに、どれだけ振り回されるかわかんないんだから、
ある程度の線引きをしておかないと…私がもたない!
「私は明日、どうしても外せない用事があるの!」
「生ゴミ以外興味の無い貴様にか?それならば御当地グルメとやらで、事は足りよう」
「え…、御当地グルメ食べ歩きツアーかぁ……」
行き場所どこか知らないけど、巨大温泉卵みたいなボリューム満点、遊び心満点みたいなのがあったらいいなあ。
当然夕食のバイキングだってお約束的に欠かせない……って、そうじゃないよっ!!!
ダメだダメだダメだ!
こいつの誘惑に乗せられてる場合じゃないんだって!
これはもう、合コンに行くとか行かないとかの問題じゃなくて、
私とネウロの間の、明確な線引きに関わる問題なんだから!!
「とにかく、約束ってのは順番にこなしていくもんでしょ?今回は叶絵の方が先だから、叶絵を優先させるって事!」
よしっ!言えた…言ってやった!そうだ、最初からこうしてれば良かったんだ。
「合コンとやらが、それ程大事か」
「!!」
…なにこいつ、フライデーでしっかり見てたんじゃん。
「違うよ、大事なのはそっちじゃなくて…」
「では問題はあるまい、時間が無い、直ぐに出るぞ」
ネウロは私の頭を掴み上げ、出口に身体を向けた。
ネウロは…、何も解ってない。
私は、何時もならこの時点で諦めてしまうこの行為に、懇親の力を込めて抗う。
「大事なのは…約束だよ!!」
私の頭を締め付けていた、ネウロの掌の力が唐突に緩められ、私の身体は、ペタンと床に落ちた。
「そうまでいうのなら、好きにしろ…」
そのまま…出口に向かったネウロは、独り事務所をあとにすると、バタリとドアを閉じた…
……合コンなんか行きたいわけじゃないよ…
そんな事に興味なんて全く無い。それでも…、私にだって譲れない事はある。
そりゃ、少しは意地になってたところもあるけど、間違ってる事なんて言ってない。
………なのに…
何なんだろう、この罪悪感は――――
.