小説

□‡導きだす忘却.
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ネウロと…喧嘩した。


…いや、あれは喧嘩とは言えない。
ただ私が、感情をぶつけて居た堪れなくなって…
事務所を飛び出してしまっただけ。

そして辿り着いた、この歩道橋。
その中央付近で、私は手すりに頬杖を付き、見るでもなく、車の流れに視線を落としていた。

考えて見れば、あいつが私に向けるのは、
蔑んだり呆れたるするだけの“失望”であって、怒りなんかじゃないんだ。

『人の死をなんだと思ってんの!?』

魔人であるあいつには、それが愚問である事は解っていた。
感情に支配された言葉は、時にナイフのように矢のように、相手の心に突き刺さるもの。

私は、探りたかっただけなのかもしれない…
何処まで深く突き立てれば、あいつの心に届くのかを。
ネウロとの日常で、人の死に慣らされてゆく自分に抗い放った言葉は、
あいつを素通りして、私の心に突き刺さった。


選んだのは ネウロ

始めたのは 私の意地


…ただ、対等でいたかったから、追いかけ始めた広い背中。
段違いな肩でも、並べて歩いて見せたかったから。
始まりは、本当にそれだけの…はずだった。

いつからだっただろう…、私の最終到達地点がズレ始めたのは。
人の死の上にある、日常の中に見つけてしまったものは…矛盾だらけの想いだった。
潜り込みたい懐は、無性に縋り付きたい懐は…、肩口よりも、更に遠い場所。

揺るぎの無い存在は、遠い雲間の高みから、冷静な目でいつも私を見据えている…


ねえ、ネウロ
見えてるなら、答えてよ。
あんたと一緒にいる私は…この先、どうなる?


「 桂木? 」

不意に背後から掛けられた声に、私の思考は引き戻され、ぐるぐるとした感情は宙に浮き、棚上げにされた。

「 …あ」

えっと…誰だっけ?
顔は見た覚えがある…でも、名前が出てこない…

「探偵なんてやってるから、もっと忙しいのかと思ってたけど、そうでもなさ気だな」

そう言って笑った顔が凄く人懐っこくて、
名前さえも思い出せない、うちの制服を着た少年に、
私の心は少しづつ解されてゆくのを感じた。

「え、いや、忙しいといえば忙しいんだけど…」

「丁度いいや!ちょっと付き合ってくんない?」

「へ? あっ」

差し出された掌が、私の手を掴み取り、急加速で走り出す。
街を行きかう人の群れを、縫うように走る。

「俺に合わせられるなんて、桂木結構足速いじゃん」

「ふ、普通だよ…」

私達を取り巻く時間の流れだけが、加速していくような感覚…
…この人はいったい何処へ行こうとゆうのだろう。


「 着いた 」

「…ここ?」

そこは、数ヶ月前まで映画館だった場所…
私が普段使う道からは、ズレていたため気付かなかったけど、
いつの間にやら、ゲーセンらしきものへ姿を変えていた。

「さ、入ろうぜ!」

「ぅ、うん」

…不思議と、嫌じゃなかった。
少し戸惑いを感じたとするなら、それは…
ワクワクしてしまっている、自分自身に対してのもの。



* * * * *


多種類の音が混ざり合い、耳に雪崩れ込んでくる。


「桂木、こっち」

彼は既に、一台のゲーム機の中に、すっぽりと納まっていた。
それはカーレースのゲームで、不意に私の脳裏を記憶の中の影が過ぎる…
あ、お父さん…

こんな最新型のゲームじゃなかったけど、
私の記憶は確かに、お父さんとの思い出を探り当てていた。

「…懐かしいなぁ」

「お、やった事ある?」

「昔、お父さんとね」

「んじゃあ、説明はいらないな」

「え、こんな新しいのは初めてだから、説明はあった方が嬉しいです…」

苦笑している私に、人懐っこい笑顔の彼が説明を返す。

「簡単さ。ようは、アクセルを踏み込んでハンドルを切る。
単純だけど、力加減が一番重要なんだ。
新しくなってゆくのは、画面のディスプレイや機械側の反応速度だから、
操作する側のする事は、昔も今もそう大差はないんだ」

「へー…そうなんだ」

「人間だってそうだろ?時の流れと共に姿は変わっても、本質にあるものは、そうそう変わらない」


本質に…あるもの?

私の本質と、ネウロの本質…
それは段違いの肩のように、何処まで行っても平行線を辿るだけなのかもしれない。
そして、外見すら変わることの無いあいつに…
きっと私はいつか、付いて歩く事さえ…出来なくなるんだ。

「ほら、隣のゲームに座って、言っとくけど、これバトルゲームだから」

「え?レースするの?私と??」

「当然!あ、そうだ」

「なに?」

「折角だし、賭けない?」

「か、賭ける!?」

「たいした賭けじゃないよ。ここで遊んだ後は、勝った方の行きたい場所に行くってのはどう?」

え…、それってどっちにしても、この後も一緒って事なんじゃ…?
流石に少し、不安が過ぎってきた。

「あ、…俺なんか警戒されてる?」

「まあ…男女の区別くらいは、一応つくんで…」

私が思いっきりの苦笑で答えると、

「あはははははは。ないよ、ないない。
俺が一緒に来てほしいのは、そんなトコじゃないよ」

…そんなトコってのは、どんなトコの想像を元に語ってるんだろう…
言葉に出来ない想像は、多分表情に表れていたのだと思う。
彼はそれを読み取ったのか、呆れたように溜息を落とした。

「そんなに心配なら、桂木が死ぬ気でガンバりゃいいじゃん。
そっちが勝てば問題ないだろ?」

「それは、まあ…」

「よし、んじゃ、レディ…Go!!」

「 うひゃっ!! 」




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