小説

□‡反比例な触手.
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◇NEURO SIDE.


午後5:00

四季とゆう物のあるこの国では、秋ともなると、この時間でも既に薄暗い。
何時もなら、1時間ほど前には姿を現しているはずの我が奴隷は、
今日は未だに未着のままだった。

「…あの豆腐め、また補習とやらに縛られているのか」


我が輩が舌打ちをしつつ、意識を魔界虫へと集中させ始めたその時―――


 バタンッ!

けたたましくドアが開き、ヤコが…
木箱と共に姿を現した。
その箱を床に降ろすと、両膝に手を付き、乱れた呼吸を整えている。

「…ヤコ、その荷物は何だ?」

「ああ、これ?これはリンゴだよ」


その箱には、確かに“林檎”とゆう文字と、その生ゴミの形態を示したイラストが見て取れた。

「いやさぁ、帰りに商店街の八百屋さんで、
リンゴを試食させてくれるってゆうから寄ってみたんだけど…
これがまたスンゴク美味しくて、オマケに蜜まで入ってて、その上今日なら一個50円だってゆうし。
だったらこれはもう大人買いするしかないかなーと思ってさ」

「大人買いとは、きちんと収入のある身も心も熟した人間がする事だろう」

「…いや、この場合身は関係ないと思う。ってか私ちゃんと働いてるじゃん!
収入はあんたに握られてるから無いけどさぁ…」

「貴様に報酬など与えても、全てがその胃袋に消え失せてしまうのだから、
無益この上ないではないか。だから我が輩は、日々最善の運用方法を模索し、投資に努めているのだ」

「何処が投資よっ!!
クダラナイ拷問道具買ったり、意味解んない仕掛け作ったりに殆ど消えてんじゃん!!」

「それが投資だとゆうのだ。底の浅いワラジムシを進化させるには、
それ相応の対価が必要になるのは当たり前の事。
その節操の無い腹を報酬で満たしたいのであれば、とっとと進化して見せてみろ」


「 ・・・・・・・・ 」

我が輩に論破され意気消沈したヤコは、無言で林檎の箱を引きずり、
ソファーの横まで持ってくると、腰を下ろした。



* * * * *

◇YAKO SIDE.


たまには、自分にご褒美でもあげないと…
やってらんないんだよあんたの手伝いなんて!!

…どうせこいつには、何を言っても無駄なんだ…
私はネウロをさっさと無視し、リンゴへと意識を戻した。

その、木箱の蓋に手を掛け一気に開け放つと…
事務所中を、甘酸っぱい香りが満たしてゆく。
私は箱の中から、取り敢えず2個のリンゴを取り出し、テーブルの上に置いた。

「う――ん、いい香り」

まさに今が旬!食べ頃の完熟リンゴだ。


「いっただきまーす!」

の、声と共に、シャクッと一口かぶりつく…
小気味いい食感と共に溢れ出す果汁。
その爽やかな味覚は、さっき感じたモヤモヤまで吹き飛ばしてくれる気がして、
私は続け様に、シャクシャクとリンゴをほうばる。
一つ分の果汁を喉に流し込み、次を掌に収めた辺りで、不意にネウロの声が私のリンゴへの意識を剥いだ。


「ふむ、林檎とはなかなか興味深い生ゴミのようだな」

「興味深い?」


ネウロはパソコンを起ちあげ、“林檎”とゆうキーワードで検索をしたらしく、
その効能について語りだした。


「ビタミンやミネラル等の栄養素を他の果物と比較してみても、
林檎はそれ程優れているわけではない。
例えば、林檎におけるビタミンCの含有量は、僅か4mgと微々たる物なのだが、
林檎を摂取する事により、体内のビタミンCは、一気に34%の増加を見せるのだそうだ」

「へー…、リンゴが身体にいいのは知ってたけど、
そんな縁の下の力持ち的な事までしてくれてたんだ…」

「フム、縁の下の力持ちか…、まさに貴様とタイプが被るな」

「え…私?なんでよ」

「身も心も貧相な貴様が持つ物など、高が知れている」

「高が知れてて悪かったな!!」


「…が、ひと度“理解”とゆう触媒と共に他人の心へ入り込めば、
その者が本来持つであろう何かを引き出し、それを気付かせ…増強させてゆく。
まさにヤコ、…貴様そのもののようではないか?」


…え、それって…
かなり解り辛い表現だけど…

「ネウロ、もしかしてそれ…、今褒めた…?」

「お、興味深い記述がまだあるぞヤコ」


 ちっ…、はぐらかしやがった。


「未熟林檎とやらは、ポリフェノールの含有量が完熟林檎の2〜3倍あるようだ」

「み、未熟林檎?…ポリフェノールってのは聞いた事あるけど」

「ポリフェノールとは、癌予防などに効果的な成分として知られているな。
…ふむ、貴様にはせいぜい長生きして、縁の下で働いてもらう都合がある…
そら、我が輩から特別にプレゼントだ」

ネウロが、パチンッと指をならした――――

 …へ?

「ばあああああああっ!!何これぇ!!?」


掌に乗せられていた赤いリンゴが…形こそはリンゴのままだけど、
小さな緑色の、ピンポン玉程の塊へと姿を変えていた。私は、はっとして、箱の中のリンゴを確かめてみる!……と、


「ぎゃあああああ!!完熟リンゴが全部退化しちゃってるっ!!!」

「これで貴様の寿命は延びるのだ。気にせず食せ」

「こんなの食えるかっ!!
熟してるからこそ美味しいし、食欲だってそそられる!栄養の事だけ考えてマズイ物を食べるんだったら、
それはもう食べるんじゃなくて、薬を摂取するのと変わらないじゃん!!」


「クックッ…、解っているではないか。
謎とて、悪意が絡み合い、熟成した物程美味なのだ。
だが、時と場合によっては、未熟な謎で手を打たねばならない時もある、不本意だがな。
そんな主人の、心を知る機会を貴様に与えてやったのだ」

「じゃあなにか!私の至高の完熟リンゴを、
わざわざ渋くて酸っぱくて食べられない未熟リンゴに変えたのは、
単なる嫌がらせなのかやっぱりっ!!!?」


「渋くて酸っぱいからと言って、食べられないと決め付けるな。
熟さず貧相でも、何故か触手を刺激される存在とゆうのは、
我が輩にもあるのだぞ…ヤコ」


「…なにそれ???」

「む、出かけるぞ。謎が熟したようだ」

「はあ!?なんか今日ははぐらかしてばっかりいない??
ってかその前に、リンゴを元に戻してよネウロっ!!!」


これから食べる謎への期待からなのか、ネウロは“フハハ”と機嫌良く笑い、
未熟リンゴを私の口にひとつ放り込むと、先に事務所を出て行った。


 ――――ガリッ…

「ぁ、やっぱ苦っ…、でもこれはこれで、味わい深いかも…」

私は未熟なリンゴを味わいながら、ネウロの後を追った。




Fin.2008.10.24 後書き⇒
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