小説
□‡言葉の質量.
2ページ/3ページ
ネウロがドアに視線を向けると、まるで計ったかのように、コンコンっと、ノックする音が響いた。
そして次に、ノックの主の声が…
「こんにちわー、王美屋ですが、ご注文の品をお届けに参りましたぁ」
!!!
ぇええええ!!?
王美屋って、何で!!?
「はーい、今開けます」
ネウロは、思いっきり助手声で返事をすると、
ドアを開け、包みを受け取っている…
もしかして…もしかして…
プレゼントって王美屋の…
「先生、今秋限定のスイーツ…、上質な栗をふんだんに使った、
タルトモンブランが届きましたよ」
「うっはあ!!何で何で何でぇ!!?
それ、夏休みには既に予約完売になってた幻のタルトじゃん!!
フランス産の最上級の栗を使った、シェフの最高傑作!!
ねえ、ネウロ…、それどーうしたの?…予約して…くれてたとか…?」
「当たり前です。僕が先生の為に、気を利かせて予約しておいたからに他なりません」
…いつまで助手口調なんだこいつ…、王美屋の人なんかとっくに帰ってるのに…
って、まあ、そんな事はどうでもいいや。
お腹の減り具合も、結構極限に達して来てるし…
今は兎に角タルトだっ!!!
「では先生…、最後の一問、解いてしまってくださいね。でないと、この限定スイーツはゴミ箱ゆきですよ…」
「!!!タルトモンブランに罪は無いだろっ!!!」
「なら、答えてくださいますね?」
…ああ、もう…、お腹はさっきからタルトを消化したくて、催促の嵐だ…
「本当に…、契約とかじゃないんだね…?」
「 くどい… 」
……なら……
「ぁ……愛してるっ!!」
* * * * *
◇NEURO SIDE.
「……ふむ。こんなモノか」
「は?…こんなモノ??
って、どんなモノでもいいから、このロープをほどいてよ!もうお腹が限界なのっ!!」
…ネットの受注システムに侵入して、生ゴミとゆう餌まで撒いて、やっと言わせてみたものの、その言葉の持つ意味などは伝わらず、ただの音声の羅列としか感じられなかった…
こんな言葉が欲しい為に、あのドラマの中の男は、幾多の困難を乗り越え、その命まで賭けたとゆうのか?…まあ、それは所詮ドラマの中の設定ではあるが…
裏を返せば、人間の男女の恋愛など、この程度のモノだとゆう事なのだろう。
「…ネウロぉ…、空腹過ぎて…目が回ってきた…」
我が輩は、目を渦巻き状にした、負抜けたヤコを見下ろす。
…そもそも、気まぐれとは言え、こんな微生物で試してみた事自体が、間違っていたのかもしれんな。
我が輩は、掌の上に乗せたままの、王美屋のタルトの箱を、無造作に開け、タルトにギッシリと敷き詰められている、栗を一粒摘むと、気付け薬代わりに、
ヤコのだらしなく開いた口に、放り込んでやる…
「 ……ぉいしいっ!」
「 ――――! 」
…我が輩は、ヤコの言葉に…、その表情に…、溢れ出す感情に目を瞠った。
「…ヤコ、口を開けろ…」
「 うん 」
二つ目の栗を摘み、待ちわびる口へと送り込む。
「 …旨いか? 」
「うん、すっごく美味しい!…ネウロ、
約束を守ってくれるあんたは、大好きだよ」
―――ゾクリと、背中が粟立つのを感じた…
そしてその一瞬後に、何かが我が輩の胸全体を占めてゆく…
「…ヤコよ、今我が輩は、どんな表情をしている?」
本当は…
「…笑顔だよ」
訊くまでもなく、自覚していた…
「―――…そうか」
表情筋の緩み具合が、それを示している。
大切なのは、言葉の種類でも、数などでもなくて…
それを発する者の感情…か
…タルトの上の栗は、残り一粒。
我が輩は、その一粒を摘み上げると、自らの唇へと押し当てた。
「……ネウロ…?」
「安心しろ、貴様の餌を我が輩が盗るか」
「え、いやそうじゃなくて…」
そして、そっとヤコの唇へ近づけてみると…、少し赤らんだ頬のヤコが訊いてきた。
「それ、最後の一個?」
「そうだが?」
「もっと…、味わってたかったな。ネウロの…、その笑顔」
「…では、間近で拝んでおけ…、レア物だからな」
我が輩は、最後の栗を自らの口に放り込むと、
餌付けとゆう名の、くちづけを与えた…
……成る程、極論、男の頑張りは、最後の最後で自身が手にする、笑顔に繋がっているのだと…我が輩は理解した――――
Fin.2008,10,05 後書き⇒