小説

□¶[Full gravity]※R18
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「ねぇ…ネウロ?」

「黙れ」

「いや、ち、違うって取り消しとかじゃないから聞「ほう、ではその口は今から何を語るつもりだ?
愛の言葉限定でなら聞いてもやろう。好きなだけ囁け」

「・・うっ・・・・・」


一晩中続く危険性すらあるように思えた、弥子の部屋の隣から漏れてきた男女の喘ぎ声・・・
それから逃れたい一心で自らネウロという蟻地獄へと落ちた弥子は今、
5分で纏めた荷物共々、ネウロの部屋の入り口横の壁に、その部屋の主によって詰められていた。

ネウロは左手を壁に付き、右の二の腕は、うっすらと額に汗を滲ませている弥子の頭上に乗せられ、
黒い革手袋を纏った意思の塊のような指先は、
意味ありげに色素の薄い髪を弄ぶ。

目の前に広がった近過ぎるスーツの胸と、
上から覗き込む、まるで熱が篭もるような視線が邪魔をして、
上手い言い逃れの台詞なんてものは、今の弥子のどこを探しても見つからず、
この状態のままどれ程の時間が流れたのか、それすら分からなくなっていた脳裏には、
「ヤバイ!」の三文字のみがグルグルと回っているだけで・・・弥子の貞操は最早危機的状況を迎えていた。

「タイムアウトだ」
「えっ、ま、待って!!」

にこやかに頭上から振り下ろされたネウロの言葉に、弥子の主張は完璧に遮断され、
カラカラに干からびた喉は、いろんな感情を音もなく飲み込む。

そもそも相手がネウロである時点で小細工が通用するはずもなく、
弥子の退路は簡単に断たれた―――――――――


「・・・分かったよもう」

弥子は諦めたように、その首部をネウロの胸に垂れる。

「では、貴様の身体は解錠済みという事だな?」

“自分で開けたつもりはない”そう言いたげな眸がネウロを睨む。

「よし、ではヤルとするか」
「う、うわっ!」

次の行動に移るためにネウロがいきなり退くと、支えを失った弥子の身体は前のめりに崩れ、
足元に置いてあった荷物に蹴躓く・・・・

「ぶぎゃっ!」

弥子はぶちまけられたバックの中身の上に、盛大にダイブした。

「・・イッタタタァ・・いきなりどかないでよ!ってか何でそんなに即物的!?」

ネウロの“ヤルとするか”発言が気に入らなかったのか、弥子が抗議の声をあげた。

「ネウロはどうだか知らないけど、私は全部初めてなんだからね!」

「フム・・・確かにな。では我が輩が選んでやろう」

「へ?」

ネウロは四方八方に散らばった弥子の荷物を漁り始めた。

「・・・何やってんの?」

「貴様の勝負下着とやらはどれだ」
「しょっ!?…ちょっと見ないで止めてよ!!」
「これか?」
「ぎゃっ!伸びるし裂けるっ!てかそんなもん持ってきてないよ謎ツアーに!!」

「では何だ…我が輩てっきりそのアニマル柄では貴様が納得いかんのかと思ったのだが…」

「え…ア、アニマル?・・・・・・・・・はっ!」

確かに今日の弥子の下着は上下ともにアニマル(猫だけど)柄だった。

「いいいいいつ見た!?」

「今見ている最中だ」

「・・・・え?」

弥子は弾かれたように体勢を立て直し、自分の身体を見下ろして愕然とした・・
生地が薄く、色味も薄い弥子のワンピースの胸辺りから下腹部に至までの場所が、透けて中の下着を見事なまでに映し出している。

「な…何で私びしょ濡れ!?」

「知らん」

弥子が水分の出所を探し始めると、それは直ぐに見付かった。

「あ…あああああ!ミネラルウォーターが破裂してる!!…ど、どうしよう、もうこれ一本しか無かったのに…」

「水なら栓を捻れば…そら、大量にあるではないか」

ネウロが洗面所の蛇口を中指で指し示すと、栓がくるりと回転し、蛇口からは大量の水が溢れ出た。

「まあこの国はインド、普通の人間なら腹をやられるかもしれんが、貴様なら特に問題はあるまい」

「あるよ!…試した事はないけど」

「では今試せ」

ヤコの脇に転がる、空になったミネラルウォーターのペットボトルを拾い上げ、
ネウロは今も勢い良く流れ出している異国の水をその中に満タンに収めると、弥子の口にねじ込む。

「そら、飲んでみろ」
「むぐぐうっ!!!」

「どうだ?味的には大差ないだろう。そもそも微生物の貴様が機能水などに頼ってどうする。ジャングル深層部でも自給自足が出来る身体になっておけ」

「ぅぐぅぅぅッ!!」

口に無理矢理流し込まれ続ける雑菌だらけの水を、弥子は喉を閉めて何とか侵入を拒み、事なきを得た。

「ぶはっ!げほっげほげほげほっ!…人間がいない場所に謎が湧くか!無茶いうなっ!!」

「そのまま受け取るなウジムシ、例え話だ」

「…ああもう、あんたのせいで全身ビショビショだよ…」

「その薄い布などどうせ我が輩が剥ぐのだ。気にするな」

「!!…やめた!もうヤダやっぱりヤダ絶対にヤダ!!!」

弥子は、ネウロのせいで既に水浸しになってしまった、衣服やら日用品やら食料などを再びバタバタとバックに詰め込み始めた。

“この部屋に来てから随分時間も経過したはずだし、ひょっとしたら隣人の情事も既に終わってるかもっていうか寧ろ終われ!!”

怒りにまかせた作業は杜撰さを極め、バックの所々から荷物がはみ出しているが、
弥子はそんな事には構わず全体重を預けて無理矢理バックを閉じ、部屋のドアを勢い良く開け放った。

「もう何があってもネウロの部屋なんか来ないから!オヤスミ!!」

「どこで寝るつもりだ?」

「そんなの自分の部屋に決まってんでしょっ」

「キャンセル済みなはずだが?」

「…うっ!!」

「しかもその姿を自ら人目に晒そうとは…まさに究極の変態だな」

「…きっさまぁ…」

弥子はことごとくネウロの策に嵌っていた自分に、悔し涙を滲ませながら、
一度開ききったドアをゆるゆると閉じると、
その場に力無くへなへなと崩れ落ちた。





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