小説
□‡[Specific gravity]
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□YAKO SIDE.
今の時間は午後11時30分。
あれからかれこれ4時間か…
「…気になるじゃん」
この部屋には時計がない。
私は、時計代わりに掌の中の携帯を見詰めていた。
因みに、この体制を私は4時間前から続けている…
* * * specific gravity.
私達がこの国、インドへ謎を求めて降り立ったのは午前9時。
そのあと直ぐ事件の下調べに向かいあちこち訪ね歩いたのち…
午後7時を回った頃、漸くこのホテルに辿り着いた。
フロントでチェックインを済ませた私は、部屋の鍵を受け取りネウロに声を掛けた。
「はい、これ」
「鍵など貴様が持っていろ」
「ああ、違う違う。それはあんたの鍵で…」
「?」
「ほら、これが私の鍵だよ」
私は2つ渡された鍵の片方をネウロの掌に乗せてやり、
もう片方の鍵を指で摘んでチラチラと振って見せた。
だけど…
やっぱりというか何というか…
「ちょっとネウロ!せっかく部屋を2つ取ったのに何であんたまでこっちに!!?」
「効率性に欠ける」
「そ、そりゃちょっとは不便かもしんないけどさ…でもほら、今はお金も稼げてるんだしちょっとくらいリッチに二部屋にしたってバチ当たんなくない!?」
「ほう…当てて欲しいのか」
「…へ?」
「バチとやらを」
「!!!違っぐへっ!?」
3年ぶりにかけられた関節技は、ブランクを感じさせる事もなく、急所にことごとくヒット。
「あぁだだだだギブギブッ!!外れるし裂けるし潰れるよ色んなところがああああ!!!……あ…って、あれ?」
「…フム」
完全にハマっていた関節技から簡単に解放された事だけでもビックリなのに、その上…
「確かに、たまにはプライベートとやらを重視してみるのも悪くはないな」
「…ネ、ネウロ?」
…まるで何かを思い立ったかのように、ネウロは呆気ない程簡単に私の部屋から出ていった。
「なにこの違和感…」
――――――――――――――――――――――――――――…
これが、今から4時間前の出来事の全てで、
その後、ネウロは一度も私にちょっかいを出しに来てはいない…
オカシイよね??
だって4時間だよ?
絶対に来るはずのフェイントに備え、今直ぐにでもベッドに沈み込みたい身体を無理矢理起こしてるってのに…
寝たが最後、朝目が覚めたらホテルの窓から宙吊りになってるとか、
身包み剥いでカードごと托鉢に進呈されるとかあるいは………
……目覚めすら訪れないとか…嫌な想像がぐるぐる回る。
私が体験した追い剥ぎより質が悪いわっ!
ああもうこんなんじゃ安心して眠れやしないよ!!
「・・・・」
それ程近代的という訳でもないこのホテルは、隣りの住人の存在を音で感じ取れる。
私の部屋の左隣りからは、男女の楽しそうな笑い声が聞こえる…
何を話しているのかまでは解らないけど、会話を交わす声の感じから察すると、若いカップルが連想された。
所謂、新婚さんだったりするのかもしれない。
…そして、右隣りの部屋からは、この4時間生活音さえ全く聞こえてこない。
そう、そこがネウロの部屋だ…
私は腰掛けていたベッドから立ち上がると、右の部屋に面した薄い壁に頬を寄せ、耳を押し当ててみる。
音を拾うためにそばだった神経が、邪魔な視覚を閉じさせた…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・―――――無音。
音がないその空間は、真っ暗でガランとしたイメージを私の脳裏に映し出す…
そのイメージの中に、当然住人の姿はない。
…出掛けたのかな。
窓を開けた音すら聞こえなかったのに…
そっか…部屋を分けるって事は、行動も分かれるって事なんだ。
だって…3年だよネウロ?
あんたにとっては深呼吸程度の時間で、何も変わってないのかもしれないけど…
私には、気付かなくていい事まで気付かされた…
そんな長い長い時間だった。
それでも…
私から作った壁は、私が思う以上に分厚いものだったのかもしれない。
「なんか…思い出しちゃうな、ネウロを待ってた時の感覚」
ああ、そうか。
今私は…寂しいんだ――
名前を呼んでも返される事の無かった声。
その声は今同じ地上に在る。
そして、離れていてもそれを繋いでくれるアイテムも有る…
未だ掌の中に握り締めている携帯の重量が、その存在の本来の意義を主張してきた。
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