□タカラモノ:文□

□『使【しゅごしゃ】』【空洞様作品】
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使【しゅごしゃ】

天国と呼ばれる世界で、純白の羽に包まれ眠る一体の天使がいた。
天使は自ら眠りについているのではなく、眠らされている――封印されているのだ。
なぜなら、それは神聖な存在でありながら、生まれ持った力は神聖とはあまりにも掛け離れていたから。
しかし今、それの封印をどうしても解かねばならない。 それくらい深刻な事態が発生してしまったのだ。
「――、出なさい」
ゆっくり開かれた瞼から、他の天使とは異なる緑色の奇怪な瞳が光を放った……

お父さんの葬儀が終わり、弔問客が帰った家は、やけに静かになってしまった。
「……」
つい先日、お父さんが殺された。
事件現場となったお父さんの部屋は鍵がかかった密室で、誰がいつどうやってお父さんを殺したのか警察もまったく解らないでいる。
何で? どうして……
小さな箱に収まってしまったお父さんはもう応えず、犯人はどこかで堂々と闊歩してるのだろう……
もういい、泣くのは疲れた。 お父さんはもう帰ってこないんだから諦めるしかないんだ──
窓の外は、夜の深い闇色が追いやられ始めていた――夜が明けようとしている。
世の中はお父さんが死んだことなんてかまわないで、勝手に回るんだ。
みんな、時間も勝手に進んで、勝手にどうにでもなっちゃうんだ……
そうやって忘れ去られるんだ、みんなみんな。
『何故立ち止まっているのだ?』
突然聞こえた誰かの声に、顔を上げた。
しかし部屋もその外も夜明けの静寂に包まれていて、まるで幻聴だったとしか思えない……
『おかしいな。 貴様はそうやって立ち止まっているのではなく、進むべきだ』
声は確かに聞こえた。 でも窓を見ても部屋の戸を見ても誰もいない。
と、ふわっと何かが頬を撫でた。 ティッシュのような柔らかいもの……
スカートに落ちたのは、純白のふわふわの羽だった。 どこからこんな物が? 天井を見上げると、――視界で色彩が乱舞した。
まず目に映ったのは男の人なんだけど、後ろに大きな翼を背負ってるように見える。 その翼は真っ白なのに、見る角度によって色が複雑に変化している。 羽はそれから落ちたのだろう。
まるで、お伽話や何かに出てくる天使みたいだ。 頭上にうっすら光の輪が見えるし。
「だ、誰……?」
『我輩はネウロ。 貴様ら人間が天使と呼んでいるモノだ』
「て!? ウソ! えええっ!?」
驚きのあまりうろたえていると、いきなりぐゎしっと頭を掴まれた!
「いたたたたたぁ!?」
『落ち着けミジンコ』
み、ミジンコ!? 初対面の人に向かって微生物呼ばわり!? しかも頭鷲掴みしてくるし! こいつ本当に天使かよ! 私のメルヘンな発想を返せ!
『貴様は自分の父親を救いたいとは思わんのか?』
何? お父さんを救うって、どういうこと?
死んでしまったっていうのに、どうやって救うの……?
『……貴様のような愚鈍なゾウリムシに説明しても今は無駄だろう。 だが、このまま事態を放っておくのか?』
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。 てか、今度はゾウリムシかよ。
だって、警察の懸命な捜査にもかかわらず犯人が解らないでいる。 せめて犯人が特定されていれば捜し出せばいいだけなのに、顔も名前も解らない、どうやってやったのかも解らない。 それなのに、ただの女子高生でしかない私に、何ができるというのか。
『そうやって何もできないと決めつけていたら、何もできんぞ』
「だって……」
何人で探しても、何時間たっても見つからないんじゃ、私一人が動いたって同じだ。
「そうだ、あんた天使なんでしょう? お父さんに会わせてよ」
『ム? それは出来ん』
「何でよ!」
『我輩の話を信じるなら、会わせてやることも出来なくはないが……』
「会えるの!?」
『落ち着けと言っただろうアオミドロ。 まずは我輩の話を聞き、指示どおりに動け。 その結果うまく行けば、会える「かもしれない」ということだ』
だから、会えない可能性もあることを念頭に置いておけ。 中指で私の額を小突く。
そう言われても、期待せずにはいられない。

まず、お父さんの部屋に入る。
血は残らず拭き取られきれいになっていたけど、同時にそれは……何かも失われてしまった。
『フム。 いくら奇麗に血の跡を拭っても、邪気までは払えなかったか』
「何? ジャキって」
ビーフジャーキーなら知ってるけど、と思った瞬間チョップが落ちてきた。 心読めるのか!?
『まったく貴様は、食い物の事しか頭にないのか? 干し肉ではなく、「邪気」だ』
つまり、悪意や憎悪などの負の感情が発散され空気に溶けたものらしい。
『しかし、妙に濃いな。 まだ犯人の痕跡が残ってるやも知れんぞ』
「本当!?」
藁にも縋る思いでネウロを見上げた。 優秀だ何だと言われてる日本警察ですら見つけられなかったのだ、もはや人間以外の何かに頼るしかない。
『仕方ない、我輩の力を見せてやろう』
言い終わるや否や、ネウロは翼を広げた。 真っ白なそれは淡い虹色に輝き、光の粒が散らばる。
『天界777ッ教義(どうぐ)、天使の千離眼(ホーリーヴィジョン)……』
キラキラに見惹れていたら、部屋のいたるところに画面が出てきた。 宙に浮かんで、半透明で少しキレイ。 机や本棚の隙間が映し出されよく見える。
『見ろ。 机の引き出しの下に、血の跡が残っているぞ』
「本当だ……、?」
そこを映す画面で一瞬キラリと光った何か。 ネウロが拾い上げたそれは、コンタクトレンズだった。
しかし、私達一家に目が悪い人は誰もいなくて、使ってなかった……
じゃあ、これは誰の?
『それは無論、犯人の物と考えておかしくないだろう。 邪気はこれから生じていたようだな』
それを警察に出せば、捜査状況が動かせる……!

『その前に、まずこれだけはハッキリさせておく。 我輩の真の使命は、貴様のようなミカヅキモなぞを守護することではない』
「……はいっ?」
なんだそりゃ。 呆れて変な声が出ちゃったじゃないのよ。
『貴様の父親を殺した者のような、罪を犯した者の多くは、ある病に感染している』
薮から棒に、私のことは無視か。
「病?」
まぁ確かに、疲れたりすると心が病んじゃうんでしょうね。
『そうではない、「悪意」だ』
「そんなの、誰の心にもあるものじゃない。 何でそんなのをどうにかしなきゃいけないの?」
『早々に対処せねばならん。 罪人の魂は悪意で歪み檻となり、殺した者の魂を取り込み、その歪んだ魂ごと地獄に落ちて悪魔の食糧となっているのだ。 例外なく、貴様の父親の魂もあの罪人の魂の檻に捕らわれていた』
だからネウロは最初、お父さんに会わせてと頼んでもできないって言ったんだ……
『このところ、人間の魂は悪意に染まりやすくなっている。 調べてみたら、魔王の復活がどうもそれに起因しているらしい』
天使の次は魔王かぁ……もーこれ何てRPG?
『その悪意を増幅させる病の根源である、魔王を討つことだ』
ネウロから、余裕の笑みが消えていた。
それは事の重大性を否が応でも感じさせた。
『だが奴は、あろうことか人間としてこの世界に現れた』
「?」
それがどうしてネウロの顔を苦渋にするのか、よく解らない。
『我々天使にも戒律がある。 どんなに高位の天使であったとしても、人間を殺すことは大罪だ。 全ての翼をもがれ、悪魔の烙印を押され、地獄へと堕とされる』
(ネウロであっても、恐ろしいことなんだ……)
『魔王を認識したとて、この時点では我輩には手も足も出せぬ』
「それじゃあ、どうやって倒すの?」
途端、ネウロはにぃまりと笑みを浮かべた……まるで獲物が罠にかかったかのように。
『そこで、貴様だ』
「私? …………えええ私いいい!?!?!?」
『そうだ。 貴様にやってもらう』
「そんなの無理だよ! 私はただの人間なんだよ、魔王なんて訳の解らないのと戦える訳ないじゃん!」
せめて勇者の剣! 他にも鋼鉄の鎧とか、回復薬とか、魔法とかください! 死ぬ、死んじゃうから!!
『いいや不可能ではない。 奴が人間として転生した以上は人間共の法律やこの世界の物理理論に縛られる……しかし奴の本性は邪悪な魔王だ、何もせずじっとしていられる訳がない。 そこで貴様が人間としての奴の素性や悪行を暴き追い詰めろ。 そして人間でないことを暴き、人間でいられなくなり本性を現したら、ようやく我輩の出番だ』
ネウロはまだ見ぬ獲物に思いを馳せているのか、口の端からよだれを零してる。 まったくもってはしたない、それでも天使か。
「……ねぇ、ネウロ。 ひとつ聞いていい?」
『何だ』
「最初から、私にやらせようとしてたの?」
『フム……魔王相手に戦うなら、他に敬虔な信者や本物のエクソシストをけしかける方が余程効果的だ。 信心のかけらもない貴様など、天使にとっては力にもならなければ救済の余地も無い石ころも同然』
「じゃあ尚更、何でっ!」
『……偶然だ。 我輩が地上に降り立った場所がここで、一番最初に気になった人間が貴様だった。 他の人間は俯きながらも前を向いているというのに、なぜその場に立ち止まっているのかと』
(そう言えば、初めて会った時も何故立ち止まってるんだって聞いて来たっけ……)
『付け加えて、信仰心のかけらもないからこそ、信者が勝手に定めた無意味な行動や掟に縛られる事なく、自由に考え動けると踏んだのだ』
まー確かに神様なんて信じちゃいないけど、だからって何をしてもいいとは思ってない。 人を自分の悦楽や憎悪のために殺すことは間違ってると思うし、幸せな事が何より。 善悪の観念はその程度だ。
『それでいい。 貴様は貴様の正義と信念を貫け』
「そんなんで……いいの?」
『真の邪悪とは、全てを欺き真実から目を逸らし、あるいは真実を歪め、進化を諦め、悪意を広める事。 それがない……いや、少しは目をつぶったが、ゼロ地点からの成長が見てみたくなった』
胸を見て言うな、胸を。 どーせここから成長してませんよ。
『立ち向かえ、ヤコ。 貴様が進化を望むならば、我輩は存在の全てをかけて守護してやる』
「信じる者は救われる」なんて夢を見てるような人にそんな事言われるより、ずっとずっと説得力があるように思えた。
だから私は――ネウロの前に膝をついて、手を組み合わせ祈りを捧げられたんだ。


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