□タカラモノ:文□

□『ポジティブの効能』【エーコ様作品】
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<1>
……心臓がバクバクする。
隣にネウロがいない。
その不在がこんなに辛くて苦しかったことがあっただろうか……?
あ、あった。ネウロがサイと一緒にいなくなったときだ。
じゃ……じゃあ!その存在をこれ程求めたことがあっただろうか……?
あ、あった。ネウロ以外が原因で命の危機に晒された時だ。
というか、大方ネウロが原因で命の危機に晒されてるワケだから、ほんとうはあんまり求めたくないはずなんだな、アイツの存在なんて。

さっきまでの私は、HRだるいなぁとか最近駅ナカスイーツがアツいよなぁとか今日の事務所のトラップどう避けようかなぁとか考えながら、でもやっぱ呼び出しないし、電車乗り継いで今話題のトシカブトヅカのスイーツ制覇だなぁなんて思いながら駅に降り立ったはず……なのに。

ちょっと入った路地で、こんな殺人現場に居合わせちゃって、ついでに警察関係者も居合わせちゃって、その人が私に「女子高生探偵」とか呼び掛けちゃったからしっかり巻き込まれちゃって。

現場をざっと見る。遺体は……見慣れるワケがない。相変わらず心臓の奥の方がグゥッって痛い。それになんだか足が震える。ネウロといるときも心臓がぎゅぅってなるけど、それ以上にネウロの手が私の頭をギュッって掴んで痛いから、意識がそっちに行っちゃって……。
いつも以上に痛苦しい胸をさすりながら、それでも一生懸命みると、遺体には絶対に不自然な桜の花びら型のやけど跡……まるでなにかの印のような……。
遺体の状態を確認して、メモをとってみる。いつもだったらやらないこと。ネウロが解くんだからって、意識もしなかったこと。
ネウロ……いますぐここにきてくれたら、ひとつだけ言うこときいてあげる……ただし奴隷契約は除く。
なんて思いつつも、当然ネウロが現れるはずもなく……私はさらに居合わせた人間に聴き込みを開始した。

ネウロが隣にいないだけで、こんなにも心細い。
私の聴き方が少しでも適切でなければ、私の目が節穴だったりしたら……ヘタをすれば冤罪を負わせることになるかもしれない、なんて。
うぬぼれているわけではなくて、自分の知名度がそれくらい危険なところにあることを全身で実感してしまう。
こんなプレッシャーからも……アイツは私を守ってくれていたのかな……?
今、ちょっとだけ……んーん、無性に、アイツの気配が恋しい。


<2>
「犯人は……お前だっ!」
ネウロの意志が介在しない指差しの瞬間、私の心臓は破れるかと思うくらいの衝撃に見舞われた。デッドビートMy心臓、造語および文法無視。
私の指さす先には、年の頃20代の細面バックリ開襟じゃらじゃら男が立っている。
そいつは指された瞬間に、ニヤリ、というよりニチャリ、という音が似合いそうな笑みを浮かべて私に数歩歩み寄ってきた。
……怖ぇ。
反射的に距離を取ろうとする自分に気付いて『ファイト!ヤコファイト!』と自分を叱咤激励。こんなくらいで逃げ腰じゃ、あとでネウロにくらう拷問に耐えられないぞ!

「何故おれが犯人だと?」
ここまでの経緯でグレー印象だった彼は、この笑い方で黒印象。ていうか断言。こいつまっくろ。
私は少し震える手を握り締めながら、いつものネウロの語り口を思い出しつつ推理を口にする。
「あなたは先程、被害者の身体にあるやけど跡についてこう言いました。
『肘、膝、肩、手首、足首の、関節ばかり九ヶ所』と。……五ヶ所の関節が左右対称で十ヶ所……それなのに何故か、あなたは九ヶ所と言い切った。しかもこのとおり……」
男から視線を反らさずに遺体を指差す。……さすがに中指はヤバイから人差し指で。
「……このとおり、遺体は仰向けで倒れています。この状態をぱっと見て、やけど跡を目視できるのは、露出している両膝、両肩、両足首の六ヶ所。そして胸に置かれた右手を辿って、その手首と肘の外側にもやけどが確認できる。……これで八ヶ所です。」
遺体の花びら型のやけどはすべての関節の外側についていて、それは何かの儀式であるかのようで少し気味が悪かったのだ。やけど跡を確認しながら遺体を回り込み、さらに続ける。
「でも、仰向いた遺体の左腕はまっすぐにのばされていて……手首と肘は地面に向いてしまっていて、右側と同じ場所にやけど跡は確認できない。でも右手首と肘の外側にやけど跡が見てとれる状態で、普通ならば左側も同様だと考え……十ヶ所だと推測するはずです。」
「……」
「なのにあなたはわざわざ九ヶ所だと断言した……推測する根拠もないのに。それは何故ですか!?」
彼の話を聞いているときに引っ掛かっていたその点を指摘する。
ど……どうだろう。なにか……動揺を見て取ることはできないだろうか。うぅ……おなかのあたりがうすら寒い……。
男の目を見据える。……うわ、まだにやにやしてる……。
「……生前」
「へ?」
「彼女を見掛けたことがありましてね」
「は……ハァ……」
「不思議だな、って思っていたんですよ」
「な……何を?」
「なんで左手首だけやけどがないのかな、って」
なんじゃそりゃ!?
うら若い女性が毎日ナチュラルにやけど跡をさらして歩いてたって言い張るのかこの人!?
「つまりおれ、元々知ってたんですよ。彼女の左手首にやけどがないこと。」
「み……見掛けたって!いつ頃ですか!何回!?」
「つい最近ですよ。それにこんなやけどの跡だらけなの、一回見たら忘れないでしょ?」
「そんな!一回見ただけで九ヶ所って言い切……」
「れるでしょ?だって、遠目に目立ったし、ヒマだったから数えちゃったし」
「ううぅっ……」
詰まってしまった。ウソこけって言いたいのに、こんな自信満々に言い切られちゃうと……反論して「おれの勝手でしょ」とか言われた日には逆転する気力も起きない。ってか、人ひとり殺されてる現場でこの態度って、これでもしこの人が犯人じゃなかったら、人間ってもう希望がない気がする。
なんとか……なにか切り込む隙はないか、と必死になって考える私をじろじろ見ながら、
「女子高生探偵って……やっぱ所詮ジョシコーセーだよねぇ」
ニチャニチャ小馬鹿にしたように笑いながら男がそう言った時……。
「……あなたはよくよく自己顕示欲の強い方だ」
「ネウロ!」
どこから現れたのかネウロが男の背後に立っていた。
「つまりあなたは、被害者の身体に於ける特異点を知っている、ということを誇示するために、今回の事件に関係ないかもしれない情報を僕の先生にべらべらと披露し……」
「……『僕の先生』ってなによ」
「僕の先生が推理をお話されている最中にそれを用いてわざわざ茶々を入れた、と……」
「だから『僕の先生』ってなんなのよ!?」
「なんとアリンコ並みに浅はかなプライドと脳味噌なんでしょうか……」
「あー……それでもミジンコよりかは格上なワケね……」
懐から真っ白なハンカチを出して、わざとらしく涙を拭う仕草をするネウロ。
「お前……なにモンだ?」
男が不快気に声を低くした。
「僕は桂木弥子先生の助手です。それより……」
男の低い声に反比例して明るい助手声ネウロは続けた。
「あなたは僕の先生を揶揄していい気になっているでしょうが……」
言いながら私の右隣に立ち、左手を私の左肩にまわし……
「先生はあなたのその浅はかな自己顕示欲こそこの犯行の動機だと、そう指摘していらっしゃるのですよ、ねぇ先生!?」
むぎゅ。
ネウロ……あんたのほっぺたに生えてるなにかが私のほっぺたにちくちく刺さって地味に痛い。
ってか、ほっぺたくっつけるな。
と同時に掴まれた肩にネウロの指が激しく食い込む。
痛い痛い痛い痛い!派手に痛い!!!
「まぁ……やけどは事件に無関係、ではないんですがね。ね!センセ!!」
ネウロの頬の筋肉がキュッとあがった。ひっじょーに満足げに、そして邪悪に笑っているであろうことは明らかだ。

「……ところで……」
私の心中の悲鳴をガン無視して、ネウロは周囲の人達を見回しながら続けた。
「みなさん、たとえば『エメラルド』というと、そこから連想する色の名前は一体なんでしょう?」
にっこにこしながら問いかけるネウロに、誰かが呟いた。
「……ブルーとか、グリーン?」
「そうですね」
にこにこから一転、少し眼光が強まった眼を細めるネウロ。
「宝石には、それの持つ代表的な色彩というものがあります。
ルビーなら赤、アメジストなら紫、アクアマリンなら水色。
逆説的にいうなら、ある色の宝石を見たとき、人はその色彩を持つ、
代表的な宝石の名前を思い浮かべるのです。
もっとも、色彩に左右されないほど特徴的な石か、よほど宝石に詳しい人、
もしくは……その宝石の持ち主や送り主なら、話は別ですがね。……そしてあなた」
ネウロが男に向き直る。
「先程あなたは僕の先生にこうも言っていましたね。『彼女の指のオパール』……やけに断定的でした。しかし……」
ネウロの黒い皮手袋が左手を持ち上げてその指輪を皆に見せる。
「……ローズクォーツ?」
その指輪に施された石は、ピンク色だった。
「そう。ピンク色のこの石を通りすがりに見かけたとして、オパールであるなどと、簡単に断定できるものでしょうか?」
ネウロは男から視線を外さずにたたみかけた。
「そっ……それはっ!」
「前に一度見かけたから?それはあり得ませんね。なぜならあなたは、先ほど、やけどの跡について『遠めに目立っていた』とおっしゃっていましたからねぇ。それとも、遠目でオパールと判断できる、なんて言い出すんですか?」
……そう言ってネウロは舌なめずりをした。食事の、時間だ。
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