□タカラモノ:文□

□『Dolce Vita』【夜桜碧海様作品】
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「ママがいい」
母親に似た琥珀色の真っ直ぐな瞳に涙を浮かべ、幼い子供ながらも精一杯の不満を表明する。
「何度も言わせるな。ヤコは風邪だ」
ドアの前には腕を組んだネウロが佇む。
頑張って睨みつけてみたが、父親に敵うはずもない。
ネウロに襟首を掴まれ、子供はベッドの上に柔らかく放り出される。
シーツの上で手足を2,3度バタつかせていたが、やがて諦めたのか体を起こした。
「じゃ、パパがこれ読んで。そしたら寝るから」
頬をぷーっと膨らましながら、一冊の本を引っ張り出した。
ネウロは差し出された本を見て、ほんの少しだけ眉をひそめた。


「・・・ようやく寝たか」
ネウロは手にしていた本をパタンと閉じた。
立ち上がり際、枕に額を押しつけるように眠る子供の髪をさらりと撫でる。
自分と同じ黒と金の髪を見つめながら、部屋の電気を消し、ドアをゆっくり閉めた。



『Dolce Vita』



「・・・ヤコ」
低く甘く、自分を呼ぶその声に、弥子は目を開ける。
「・・・あ、ネウロ」
ネウロは弥子が横たわるベッドに腰かけた。
ぎしり、とスプリングが鳴る。

「寝た?」
「ああ、やっとな。駄々をこねて大変だったぞ」
「そっかー。どうやって寝せたの?」
「童話を読んでやった」
「へぇ」
「我が輩流のアレンジを加えてやったのだが、途中で泣き出してそのまま眠ったぞ」
「ちょっと、どんなアレンジ!?トラウマになったら困るよ!」
「ありきたりより良いだろう?」
弥子は体を起こそうとしたが、くらりと視界が揺れた。
力が入らない。
まだ熱が下がっていないのだろう。
ぽすん、と枕に頭を落としながら、ベッドに腰かけたネウロを軽く睨んだ。
当のネウロは気にするでもなく、弥子の顔を覗き込む。

「それで貴様は、どんな夢を見ていたのだ?」
「え?」
「眠りながら涙を流すという器用なマネをしていたのだ。どのような夢を見ていたのか、気になるではないか」
「どのようなって・・・」

さっきまでうなされていた夢を思い出し、弥子は口ごもる。
顔を上げるとネウロと目が合った。
暗い部屋の中で、月の光を受けた翠の瞳がきらりと光る。
弥子はネウロのその目が好きだった。
真実を見抜く、不思議な螺旋。
厳しくも優しく、ずっとずっと見ていたい、瞳。

「今のままの私がね、歳もとらずネウロと何十年、何百年も、ずーっと一緒にいる夢だった」

「・・・それが涙を流してうなされるほどの夢なのか?」
ネウロの右手が瞬く間に鋭利な刃物に形を変える。
「いやいやいや、ちょっと待ったっ!まだ続きあるからっ!」
目の前をちらつく刃物に、慌てる。
・・・ちっとも変わらないなぁ。
高校生の時分、出会った頃のネウロの姿が頭を掠め、弥子は小さな声で呟くように言った。

「でも、途中でこれは夢なんだって気付いて・・・寂しくなっちゃった」
「・・・?」
「だって、現実の私はどんどん年を取るわけだし。ネウロと私じゃ時間の流れ方が違うから、どんなに頑張ったって、あと数十年しか一緒にいられない。そう気付いたら悲しくなったの」

言いながら、つきん、と胸の奥が痛み、弥子はパジャマの袖で顔をごしごし擦った。
ネウロが弥子をじっと見詰める。

「それは、悲しいのか」
「悲しいよ。美味しいケーキが山ほどあるってわかってるのに食べ切れないなんて、寂しいじゃない」
「我が輩との時間を生ゴミに例えるとは・・・それこそ悲しいが」
「生ゴミ言うなっ!」
ヤコのツッコミを硬質の笑みで受け流し、ネウロは目を細めた。

「貴様は本当に貪欲で愚かだ」
ネウロが淡く呟く。
「胸やけという言葉は、貴様の辞書にはないのか?」
「ないよ」
「では」
すうっ、とネウロが弥子の唇を指でなぞった。
二人の視線が絡む。
「我が輩の全てを貴様に与えよう。その眼に何もかもを映すよう、我が輩の能力全てを注ごう。数十年後、貴様が生を終えるとき、もう充分ですと泣き出すほどに」

言葉と共に浮かんだ笑いは、この魔人特有の傲慢さが滲んでいた。
それでも弥子は、胸の内に暖かい痛みが広がるのを感じた。

「・・・今でも泣き出しそうだよ」
「音を上げるには、まだ早い」
弥子と自分の額を軽く合わせると、ネウロは囁いた。
「だから、まずは早く治せ」
「うん」
額に当てられた手袋のひやりとした感触に、弥子はゆるりと目を閉じた。
じんわり、目蓋に涙が滲む。
・・・やっぱり、泣き出しそうだよ。
ネウロと居ると、幸せだもん。
だから、願うに決まってるじゃない。
甘い甘いケーキみたいに、もっとって。


やがて。
弥子の規則的な寝息が聞こえ始めると、ネウロは立ち上がった。

手にしていた本を、本棚に戻す。
子供にせがまれて読んだ、その本の題名は『眠れる森の美女』。
ネウロはこの話を好まなかった。
絵に描いたかのような大団円。
王子のキスで、姫君は眠りから覚める・・・。

どんなに望もうと、得られない魔法がそこにある。
己の願望を写すと同時に不可能を宣告する、その主題は不快だった。

眠る弥子を見詰める。
今、そっと口付けたなら。
うっすらと目を開け、変わらず笑むだろうか。
或いは寝ろと言ったくせに、と怒るだろうか。
その光景を想像し、ネウロは思わず小さく笑った。

だが。
この先、きっと。
何度その名を呼ぼうと、唇に触れようと。
決して目覚めなくなる、その時はいつか必ずやってくる。
どう抗おうと、その眠りは愛する者の目蓋を開かせることはない。
それは、自分の魔力もどんな魔法も及ばない領域。
その時の向こうにあるのは、ただ冷たく乾いた闇だった。
ネウロは嘆息した。
欲すれば欲するほど、満たされれば満たされるだけ、同じ程に乾き求めてしまう。
貪欲なのは、お互い様。
けれど、貴様は先に待つ闇の深さ暗さを味わうことはないのだろう。
だから愚かだというのだ。


ヤコ。
貴様はどこぞの姫などという身分ではない。
我が輩も王子などではない。
眠りから覚ます魔法など知らない。
だから惰眠を貪るな。
一分一秒でも長く、その琥珀の瞳に我が輩を映し続けるがいい。


ネウロは眠る弥子に、そっと口付けた。


Fin.

――――――――――――

夜桜碧海様より、駄絵と交換で書いて頂いた作品です!

お題は、九印の大好物、
『切ない系』でお願いいたしました。
…もうね、何行目でブワッときただろう…;
ネウロが、静かに、当たり前にしている覚悟が…、胸に刺さりましたね(大泣き


【夜桜様へ】

素敵なSS、本当に有難うございました!間違っても返品なんかいたしません!!これは宝です!

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