□タカラモノ:文□

□『使【しゅごしゃ】』【空洞様作品】
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家の前に停止したセダンから、二人の刑事と巡査が降りてくる。
「こんな時間にどうしたんだい? 弥子ちゃん」
「お父さんの部屋から、犯人の物らしい遺留品が見つかったんです」
「何だって!?」
警察の人達は、皆一様に瞠目する。 無理もない、鑑識がホコリ一つも見逃さぬよう洗いざらい調べた筈なのだから。
そしてその瞬間、ネウロが出した答えに納得した。
「犯人は……お前だっ!」

――だけど遺留品が見つかっただけじゃ駄目だ。 誰も入れない密室を、どうやって作ったのかを解かないと……
『簡単だ。 これを見ろ』
「定規が、切られてる……?」
折れたのではない、切り詰めたっぽい。 それも一本だけ。
『これにも邪気の痕跡がある。 これを使えば――』

かたん、定規はピッタリと窓枠にはまった。 外からは見えないし開かない。
「この通り、窓は開かなくなります。 これで密室は完成」
ネウロの推理した通り、読み上げる。
「でも弥子ちゃん……どうしてこんな密室を作る必要があったんだ?」
「それは、いち早く現場に戻って回収したい物があったからです……」
それが――ティッシュに包んだ、遺留品であるコンタクトレンズ。
「それが、どうして私のだと思ったんだね?」
「だって竹田さん、今コンタクトレンズ片方しかしてないんだもの」
「! ……それは、捜査の時になくしただけさ。 よくある事だろう?」
「それはありえません」
言い逃れを一言で断ち切り、くるんだティッシュを丁寧に開く。 大事な手紙を開けるように、ひとつひとつゆっくり……
「だって、お父さんが見つかった時には血が乾いてたんですよね?」
私の手の上で咲いた白い花、その中心に座するは異なる赤い斑の花芯。
「じゃあ、このコンタクトは、どうしてこんなに血だらけなんですか……?」
耐え切れず、声は震えていた。

「これが落ちた時は、あなたはいつ、どこにいて、何をしてたんですか」
ヤコが詰め寄った途端、竹田は崩折れた。 観念したのだ。
その時、張り詰めていた緊張が解け――露になるものがある。 この男は、木の形を取っていた。
『ククク……なかなか大きく育っていたのだな』
竹田の魂に根付いた「もの」を、ばりばりと貪り食う。
その中は空洞になっていて、そこに捕らわれていた被害者たちの魂を解放する。
『……ごちそうさま』
だが、こんなものか。 地上に降り立ったというのに、折角の初食事は少し物足りないものであった。 何せ中がスカスカの空洞で、歯ごたえもないし味も舌先程度。 ああ、早く「奴」にかじりついてみたい……
「……欲しくなったんだ。 弥子ちゃんが」
竹田の後ろにいた笹塚とかいうぼんやりした刑事に手錠をかけられ連行されようとしたとき、竹田がぽつりと漏らした。
「前にも何人か欲しくなって連れていったけど、私のものになってくれなかったんだ。 なぁ弥子ちゃん、私のものになってくれよ。 そしたら――」
様子がおかしくなった竹田を早々に引きずり出そうと笹塚は腕を掴んだがあっさりと振りほどかれた。
往生際の悪いカスめ。 少し罰を加えてやらねばならんようだな……
『これは我輩のものだ。 穢れた手で触れるな、愚物め』
言い放ち、我輩は翼を大きく広げる。 奴には、このアメーバが光を発しているように見えた筈だ――神聖で、偉大なものと感じさせる強い光。 まぁそれは、我輩が放っているのだがな。
「ひぃっ!? あ……あ……ご、ごめんなさい……ごめんなさいぃっ……おゆ、お許しください……!!」
ム、我輩としたことが、少し加減を間違えたか。 やりすぎて、心が砕けてしまったようだ。

警察の人達が去って、すっかり静かになったお父さんの部屋……。
誰もいなくなってしまった。 寂しさにまた涙がこみ上げてくる。
この部屋で、ここに座ってて、そこに私が勉強を教わろうと声をかける。 だけどもう……
――弥子。
お父さんの声が聞こえた気がして、振り返る。 もちろんそこには誰もいない。
いる訳がないのだ。
……ないのに。
――よく頑張ったね、弥子。
お父さんがいた。 うっすら向こうが見えるけど、お父さんは確かにここにいる。
――こんな事になっちゃったけど、大丈夫だね? 高校も自力で入ったんだから。
折角会えたのに、涙で顔が見えない。 何を話したらいいのか解らなくて口が開いただけで言葉が見つからない。 お父さん。 お父さん。
「あなた……」
――ああ、お母さん。 無責任ですまないけど、弥子のこと、よろしく頼むよ。
お母さんにもお父さんが見えるようで、口元を押さえ何度も頷いている。
――それじゃ……そろそろ行くよ。 二人とも、頑張ってな……
お父さんの姿が薄らいで、見えなくなっていく。 振る手を掴もうとしたけどやっぱり掴めなくて、どんどん薄くなって……

それから私達はいっぱい泣いて、お父さんのことを話して、時々笑って泣いて。 ぐっすり寝た。 朝日がとってもすがすがしい。
お父さんは死んじゃったけど、私達は生きている。 前向きな考えに持ち直せたのは、
『当然我輩のお陰だな。 ひれ伏してむせび泣きながら感謝するがいい』
……この高慢チキな態度が、素直にそうさせてくれない。
「あーあ、夢で終わってくれたらどんなによかったか」
『何を言う。 我輩の話を聞いた以上、貴様にも運命を共にしてもらうぞ』
もちろん拒否権はない、だってさ。 傲慢で暴力的で意地悪で、とても天使とは思えない奴だけど……お父さんのカタキを取ってくれた。 天使らしいとこあるじゃん、ってな訳で、呆れ交じりのため息を一つついて、こいつの手を取った。
「解ったわよ。 よろしくね、私の天使様」

天使ネウロと私と、まだ見ぬ魔王との戦いが、始まろうとしていた――


Fin.

ウチの日記絵の天使ネウロに、空洞様が素敵文章をつけてくださいました。
九印は天界ネタとか疎いので有りがたいです!
素敵な文章をありがとうございました。

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