TOV
□それはまるで
1ページ/2ページ
「なぁ、エステル」
前を進む背中に声をかければ、不思議そうに振り向く。
首をかしげながらも、にっこりと笑う姿はどこか幻想のよう。
――なんです?ユーリ
何度も言われたことのあるその言葉も、なぜだかどこか遠くからの言葉のように声が聞き取れない。
振り向いたときに揺れた花びらのようなスカート、淡い光の中ぼんやりと浮かび上がる白の上着。彼女をかたちどるそれらは、とけて消えてしまいそうで。
手を伸ばしたとき、また彼女はくるりと前を向いてしまって。伸ばした手は、ひらりと揺れるスカートの先さえもかすらない。
――みてください、ユーリ
鈴が鳴るような、頭の中にぼんやりと響く声。
手袋に包まれた指が、そっと空に浮かぶ満月を指差した。
何も言わない俺を気にせず、彼女はゆっくりと両腕を広げ、まるで焦がれているかのように手を伸ばす。
月明かりに、あの花の町を思い起こさせる髪が照らされている。
今日は、今までにないほどの満月でやけに月明かりがある。そのくせ、手を伸ばす彼女の足元にある影はやけに薄く見える。
そう、まるで
「…ス、テル」
もう一度振り向いたその瞬間、俺は気づけば彼女をつぶしてしまうほどに強く抱きしめていた
END