GABRIEL ON THE GALLOWS

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海賊暮らしとは気儘なものである、と昔誰かが言っていた

波に揺られ風の向くまま気の向くまま、グランドライン制覇に海賊王の称号を手にしたいという漠然とした道標はあるものの

法に縛られず何にも囚われる事もなく、「自由」を愛する者達の集団である

だが、だからこそ、陸に暮らす人々からは恐れられる存在という事を忘れてはならない

確かに、海賊と聞けば、街を荒らし、殺し、奪い、犯し、悪の限りを尽くす輩共を想像するのが世の常であろう

しかし、中には凡人には手を出さず、まあ、海賊相手だとしても彼方から手を出して来た場合に限り容赦なく叩き潰すが、此方から手を出す事はない

そんな凡人からも少なからず尊ばれている存在、エドワード・ニューゲート、通称白ヒゲの名で呼ばれる彼の船の一番隊隊長を、不死鳥のマルコは務めていた

白ヒゲが船長を務めるこの船にも、海の荒くれ者が大勢乗っているが、他と違うのは彼等が皆、白ヒゲを親父と崇拝してやまぬ輩で、例に洩れずマルコもその一人である

それでも、崇拝し親子の契りを結んでいるからこそ、時折口煩く白ヒゲに口を出す事も多々あり


「親父ィ!薬飲んでんだから酒は控えろよィ!」


物怖じせず「親父」を怒鳴る彼の姿は「息子」というよりも「女房役」という言葉がぴったりと当てはまり、他の船員達は「また今日も始まった」と苦笑いを浮かべ


「良いじゃねェか。今日は飲みてェ気分なんだよ。」


それを右から左へと流す白ヒゲの声を聴きながら、各々すべき事に手を動かすのが、この白ヒゲ海賊団の日常なのである


「まったく…ナース達は何してんだィ。」

「…なあ、マルコ。」

「よィ?」


何時もならマルコがここで折れてこの一連のやりとりに幕が下ろされるのだが


「おめェは、『約束』に時効はあると思うか?」


珍しい問い掛けと、何処か憂いを帯びたその表情に、マルコは一瞬言葉を失った


「…片っ方が憶えているんなら、ねえと思うよィ…親父にはあるのかィ?その『約束』ってのが。」


長くこの船に乗り、長年彼の隣に立っているマルコですら、その真意を図りかねたのだが

白ヒゲ、そして今海賊王に最も近いと呼び声高いこの男にも、きっと何かしらの柵が巻き付いて放さないのだろう


「嗚呼…一つだけ、な。もう何十年もクソ昔の『約束』だ。」

「そうかィ。」


懐旧に沈み、少し穏やかな笑みを浮かべた彼にとって、その「約束」はとても大切なものなのではないか、それならば


「親父。俺達は、ただ、親父に付いてくだけだよィ。」


長い長いグランドライン制覇の旅

偶には寄り道するのも悪くない

何れにせよこのグランドラインを制覇し、海賊王になるのはこの白ヒゲだけなのだから焦らずとも良いのでは、とマルコは思う


「…グララララ。俺は本当に良い息子を持ったもんだ。」


独特な笑い声が大きな口から零れ、憂いを帯びた表情は翳を潜め、何時もの大勢の息子達の道の先に立つ男の顔に戻っていた


「マルコ。」

「よィ。」

「進路を変更しろ。目的地は、聖地マリージョア付近。」

「よ……よィ!?」


たった今一生付き従うと宣言したばかりだが、幾ら何でもその行き先にマルコは開いた口が塞がらない


「おら、返事したらとっとと他の息子等に連絡しねェか。」


ニヤリと笑いガブガブと酒を流し込む彼に小言を言うのを忘れる程の驚きを引込める事の出来ぬまま、マルコは他の船員に今しがた言い渡された言葉を伝えるべく船長室を後にする

勿論行先を聞いた残りの船員全員が口をあんぐりと開け一時固まったままになった事は言うまでもない

それが先日の昼下がり

今はもうとっぷりと日も暮れ、辺りは常闇に包まれ

あれ程昼間は太陽の日の光を燦々と浴び空と同じ綺麗な青を写した海すらも、今ではインクをぶちまけた様な先も見えぬぐらいの黒に染まっていた


「なーあー、マルコー!あれ、壊すんじゃねーのおー?」


聖地マリージョアを目と鼻の先にして「待て」を言い渡された戦闘狂の末弟エースが、甲板でぐったりとしながらマルコに不満をぶつける


「違えよィ。親父が待機しろって言ってんだィ、我慢しろィ。」

「何だ、マルコも何でこうなってんのか知らねェのか。」


エースの横で暢気に明日の朝食のメモをするサッチが、欠伸を一つ


「嗚呼。ただ、何かしらの考えがあんのは解るんだがよィ。」

「そんぐれェ頭脳派じゃねえ俺だって解るぜ。何もなしに自ら政府の前に現れるか…ッとぉ!?」


サッチの驚いた声に視線をマリージョアに向けると、暗闇に沈んでいた建物全体に一斉に明かりが灯り、小さくだが此方にも異変を知らせる警鐘の音が届く


「何だ何だ!?」

「まさか、イゾウが内緒で五老星撃ったとか!!」

「おい、何で俺なんだ。つか届かねェし、何か今すげェ腹立ったから、サッチ、的んなれ。」

「え、俺ェ!?何で!?言ったのエースだよ!?」


一気に騒めき立つ血の気の多い輩を尻目に、マルコは未だ物言わぬ船長室を一度見、またマリージョアに目線を移したその瞬間に


「オイ!何か落下してく…グフォア!!」


船員の一人がそう叫んだと粗同時に彼の元に何かがドガァンと派手な音を立てて落下し、一面に砂煙が舞い上がる

その様子にその場にいた全員が一斉に戦闘態勢に入り、物音一つしなくなった砂煙が治まるのを固唾を飲んで待つと


「…へ?」


誰かが間抜けな声を出した

煙が晴れたその場所には、白目を向いて気絶している先程叫んだ船員と


「…女の子?」


彼を押し潰す様に倒れこんでいたのは、手枷を填められた襤褸雑巾の様な世辞にも服とは呼べぬ布を被った年端もいかぬ水色の髪を持つ少女

とは言え、一連の様子からこの少女はマリージョアで何かをしでかしこの船に落下し、少女と言えど災厄を齎す存在ではないか、とマルコは頭を回転させる


「おい、おーいって。」


そんなマルコの心配を余所に、エースは警戒もなく無遠慮にその少女の肩をポンポンと叩き揺する


「ッ…こ、こは…?」


その揺れで目は閉じたままだが意識が浮上した少女は、思いの外掠れた声を持っていた


「ここは、白ヒゲ海賊団の船の上だよィ。おめェさん、何者だィ?」


警戒心を持ちながらも、マルコは片膝を付き少女の質問に答えてやる

その瞬間


「ッな!?」


少女の不健康な白い細い手が伸び、マルコの足首を力強く掴む


「な、何するんだよィ!!」


見開かれた深海の様な光の刺さない青い瞳が、驚くマルコを顔を映し出し


「たの、む…しろひげに…あわ、せ、てくれ…」


蚊の鳴く様な声で、そう呟いたのだった







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