02/21の日記

03:27
7月30日
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廊下はシンと静まり返っていた。
だからか、妙に緊張する。
床には立派な絨毯が敷き詰められているのに、細心の注意を払って抜き足差し足忍び足、だ。
見付かれば即拘束モノ。
宿泊客だと証明する術は……なんてな事を考えながらエレベーターホールに近付くと、話し声が聞こえた。
足を止めて聞き耳を立てる。
見付かれば即拘束モノ。
や、これは、違います!
これは言語確認の為の盗み聞き、もとい!拾い聞きであって、日本語以外の言語であればおれは現場待機であって。
そ、そんな!
差別とかじゃなくただ、初対面の人にはちょーっぴり人見知りなお年頃なんだけど、もしそこにいるのが外人さん達で「GOOD MORNING!!」なんて陽気に声を掛けられた日にゃあ、お人よしのおれなんかは「ググッ、モーニン!」なんてカミカミで返すわけよ。
そしたら相手は機嫌を良くして次に天気の話を

「ユーリ?」
「トゥディウェザーベリベ……っ!!」

慌てて口を押さえた。

少し先のエレベーターホールからこちらを伺う大人二人と目が合う。
一人は親父、もう一人は外人だが、おれより綺麗な日本語を使う名付け親。
加えてどちらもおれの完璧な身元保証人。

体中に張り詰めていた緊張を一気に解いて二人の元へ向かった。

「おはようございます、ユーリ」

まずはホテルオーナーの手本となる朝の挨拶カッコ女子悩殺爽やかスマイルカッコ閉じる。

「あ、おはよぅ、ございます」

対して16歳男子高校生の気の抜けた挨拶カッコどっと疲れた感じカッコ閉じる。

「なんだー?朝から廊下で大声出したかと思ったらその脱力感」

ネクタイをしながら親父が言う。

「これには深〜い葛藤が。つか親父、スゲー眠そう」

シャツとネクタイだけ変えて昨日のスーツを着ている親父の顔は、未だ半分覚醒してません、と物語るに相応しい。

「眠そうじゃなくて眠いのー。コイツが男前でゆーちゃんの名付け親なせいで」

扉を開けて待機していたエレベーターに先に乗り込んだコンラッドさんは、親父から恨めしげな視線を寄越されて苦笑いをしていた。
はて?と思いながらコンラッドさんを見ると、こちらは頭のてっぺんから足の爪先まで昨日とは違う装いスーツ。

さすが、完璧。
今日もすこぶる格好良くていらっしゃる。

親父の後に付いておれがエレベーターに乗り込む。
それを確認してからスッと扉が閉められ、音も振動も無くおれ達を乗せた箱は降下を始めた。

すぐに着いた29階ロビーには、まだ朝も早い方なのにカウンターでチェックアウトを済ませる企業戦士が数名いた。
他にはレストランに向かうカップルや女性グループ、家族連れの姿まで様々だ。
半分が外国人だが、そこにいた人達のほとんどが、意外にもおれみたいな軽装で驚いた。
昨日夕方にここを訪れた時には、割と正装姿の人ばかり見た気がしたんだけど。
しかも平日なのに結構な人数が居るのも驚きだ。
夏休みを利用した観光で宿泊した人達なのだろうか。

普段見慣れないホテルでの朝の光景に、しばし目を奪われていた。

「じゃあな、コンラッド。後は嫁さんと子供達よろしく。また落ち着いたら飲みに行こうな。高架下の安屋台で」

グイ呑みを煽る真似をして、親父はニッカリ笑った。
慣れた仕種と安易に想像出来る似合い過ぎの光景に軽く呆れる。

「ええ、是非とも。楽しみにしてます」

貴方の様な方に日本の立ち呑み屋は不釣り合いですよ!?
社交辞令でもちゃんと断った方がいいですよ!?
と、コンラッドさんを仰ぎ見るも、彼は本当に楽しそうに笑って返していたから言葉が出てこない。

この2人の関係性が今一つ見えてこない。

考え込むおれの頭を不意に親父はクシャリと撫でた。

「ゆーちゃん、いい誕生日になったか?」

先程までの軽いトーンではない深い声音に、親父をしっかりと見た。

ああ、と感じた。

親父にすれば、いくつになってもおれは子供のままなんだ。
親父の目尻に刻まれたシワがこの先増えても、おれの身長が家族の中で1番高くなっても……(切なる希望)

「うん、めちゃくちゃ楽しかった!ここに来て良かった!ありがとな、親父!」

眠そうな顔から一転、渋谷家大黒柱は満面の笑みを浮かべた。

「そりゃ良かった!それじゃ、行ってくるわ!」

片手を高く上げ、親父はおれ達に背を向けて歩き出した。

そんな親父の背中を見送りながら、あの人の子供で良かったなぁ、などと感慨深くなる辺りが、少しは大人になった現れかな?

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