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□互いに負傷で痛み分け
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「セドルのせいで廊下に立たされた。最悪」
「オイラのせいじゃねーし、お前のせいだろ」
「まじでコーヒー牛乳買って返してよ」
「しつっけーな、お前。どんだけコーヒー牛乳好きなんだよ」
むすっ、として水の代わりに詰め込まれた辞書の入ったバケツを両手に持ち廊下に立つシュールな光景。
未だそっぽを向いて不機嫌全開の名無しに舌打ちをしながらオイラも反対側を向く。
そういえばこいつと初めて会った時も掴み合いの喧嘩をしたなー。確か入学式に早々と。
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「あー、入学式とか怠くて出てらんねー」
「んなの誰だって同じだっつの」
「つか可愛い女結構いんじゃん」
「はは、即手ぇつける気か」
「もう何人か喰ってる奴に言われたくねーよ」
中学時代からずっとツルんでるボギーやユーとくだらない話をしながらクラス分けを見て同じじゃん、とか話ながらクラスに向かった。入学式が始まるまで時間があったから教室でボギーとユーとまたくだらない話をしてたら違うクラスになったバリーが何か遊びにきた。
「おい、入学式まで時間ありすぎだよな、ジェリーなんて寝ちまってよ」
でかい図体で教室の入り口をふさぐバリー。教室に入れなくて困ってる奴らがいたけど、まあ関係なく話してた。ぎゃははとか、バカ笑いしてたらバリーの背後から聞こえた声。
「ねぇ、通してくれる?」
「あ?」
振り向いたバリーの背後から顔を覗かせたのは名無しだった(この時はまだちゃんと制服を着ていた)。第一印象は、調子に乗ってる女だなーだった。でも顔はまあまあじゃん、とも思った。
「ドアの前にでかい図体で立たないでよ。みんな入れなくて困ってんじゃん、はっきり言って邪魔くさい」
それでもってバリーを見上げ一言。
「…え?ほんとに高1?嘘でしょ、何年もののダブり?」
言われたバリーはよろめきながら自分の教室に戻っていった(余程精神的にキタらしい)。思わずその言葉に吹いたオイラたちもあれだけど。
「みんな入れるよ」
振り向き、教室の外で困っていた女子たちに話し掛ける。その時の女子たちは名無しにうっとりだ。何も言わずオイラたちの前を通りすぎた名無しを面白い女だなーと思った。それと女なのに女にモテていてムカついた。
「おい、お前さー」
って声をかけて肩を掴み、オイラから絡んだ。その時の心底面倒くさそうな名無しの目は忘れられない。
「………なに?」
「なんだよ、その目。お前女にモテるからって調子乗んなよ」
確かめちゃくちゃ理不尽に絡んだ。そしたら名無しは、
「あのダブり君追い払ったから怒ってんの?あんた、いくつよ?しかも女にモテるって何?羨ましいの?脳ミソ詰まってないような顔しちゃってさ」
って、ははって鼻で笑いながら倍に返ってきた。それにムカついたオイラは名無しの胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。周りからは息を飲む怯えたような女子の声と騒つく声。後ろでボギーとユーが楽しそうに笑う顔が見えた。
「てめ、あんま調子乗ってると女だって関係ねぇからな。明日から学校これなくしてやろうか」
下を向いてたから泣くか恐がってるかのどっちかか?なんて思ってたら、顔を上げたそいつは、顕らかに怠そうにして、薄ら笑いを浮かべていた。
「…はあ?どっちが。バカに構ってる暇ないんだけど。そんなにあたしが気に入らないならあんたが明日から学校に来なきゃいいじゃん」
ぐっ、と胸ぐらを掴んでいたオイラの腕を掴みそう言い捨てた。
「てゆうか、この手離せっつーの!」
言って、おもいっきり急所に一発蹴りを貰ったのはそれからすぐ。言い表わせない激痛が走り、思わず落ちそうになる意識。でもそれを見て爆笑したボギーと涼しげにやれやれといった顔をしているユーを見て奮い立たせる意識。
「〜ってぇな!この凶暴女が!」
手加減なしで初対面の女をぶん殴ったのはこれが初めてだったかも。殴ってからあ、やべ、やっちゃった、なんて思った。吹っ飛んでいった名無しは机に激突。ガターン!っていう音ともに床に倒れた。あれ、入学早々にやらかした?
なんて思ったのもつかの間、切れた唇から流れる血をグイッ、とシャツの袖で拭き鼻血を垂らしながらオイラに向かってツカツカと歩いてきた。オイラに本気で殴られて立ち上がった奴は早々いない。だから驚いた。真っ直ぐオイラの正面まで歩いてきた名無しは鼻血だらだらの腫れた頬で笑った。
「どうすんの、これ。血だよ、おい。女の顔殴る?普通…嫁の貰い手なくなったらどうしてくれんだ!」
鼻血だらだらの顔でそう叫び、にっ!と笑いながら、オイラをぶん殴り返してきた名無し。まさか殴り返されるなんて思ってもなかったオイラは顔面にその拳をモロに食らった。しかもよろめいてボギーにぶつかった。言わずもがなボギーは腹を抱えて爆笑。その後再び掴み合ったオイラと名無しは生徒指導兼担任のクロマドに入学式早々こってり絞られることになる。しかも保健室にいる間に入学式が終わった。
「お前、女のクセになかなかやるじゃん。オイラはセドル。よろしくな」
「あたしもあんたみたいな奴に初めて会ったよ。名無しだよ、よろしくね」
言って、お互いに顔やら腕やらに絆創膏や湿布を貼った姿で握手をしたらこいつにおもいっきりゴキッと音がするくらい握られた。
互いに負傷で痛み分け
休み時間になり廊下に立ち終った名無しがオイラに言った。
「なに1人で笑ってんの、気持ち悪っ」
「…保健室送りにすんぞ」
あれから1年、全く成長する様子のない2人。
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