05/10の日記

08:41
母の日〜現代編登場人物紹介
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瑠璃→姫乃の前世の子。過去からタイムスリップ。

凛太郎→姫乃の幼なじみ。特技は料理。

姫乃→まだまだ学生。前世では瑠璃を産んですぐ他界している。

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08:34
母の日〜現代編
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 柿崎家に来訪者の知らせが響く。

 凛太郎は「はいはい」と軽く返事をしながら玄関に向かった。

 そして、静かに扉を開けると、そこには小さな来訪者が、本を両手で握り締めてたたずんでいた。

「どうしたの? 瑠璃ちゃんがうちに独りで来るなんて珍しいけど。雛乃ちゃんと喧嘩でもした?」

 瑠璃に凛太郎は問い掛ける。

 瑠璃はぶんぶん首を横に振った。
 どうやら喧嘩ではないらしい。

「まさか家出…なわけないか。まあ、せっかく来たんだから上がってて。ちょうどりんごジュースもあるし」

「りんごジュース…♪」

 凛太郎の言葉に瑠璃は目を輝かせた。
 つられて靴を脱いで上がろうとするが、本来の目的を思い出し、首を横に振る。

「あれ? 瑠璃ちゃんどうしたの?」

「今日はこれを作りたいの…」

 瑠璃は持っていた本を見開きに広げて、凛太郎に見せた。

 凛太郎はその場にしゃがみ、瑠璃の目線の高さになって本を覗き込む。

「プリン?」

 示されたページにはプリンの作り方が記載されていた。

 プリンだったら、普通に買ってきた方が早いと思うのだが。

 凛太郎は瑠璃の顔と本を交互に見遣る。
「食べたいのかな? オレが作ろうか?」

 瑠璃は首を横に振った。

「違うの…。瑠璃じゃなくて、母さまに作りたいの。今日…母の日だから…」

「あ、そうか! 今日は母の日だったね。あちゃー…、すっかり忘れてた」

 凛太郎は後頭部をわしゃわしゃとかきあげた。

 とは云っても、凛太郎の両親は揃って海外出張中なので、関係ないと云えば関係ないかもしれない。
 しかし、何もしないのも微妙な気がするので、とりあえずメールのひとつくらいはしておこうか。


「プリンー…」

 瑠璃が凛太郎にじーっと視線を送る。

「そうだよね。瑠璃ちゃんだってお母さんに何かしたいよね」

 前世の子供とは云え、姫乃が母親には違いない。
 父親が誰か気になるところだが。

 聞いたところでどうにかなるわけでもないので、あえて触れないことにしておく。
 前世であっても、相手の男に嫉妬してしまうだろう。

 瑠璃に罪はない。

「じゃあ、お母さんにおいしいの作ってあげようか。オレでよければ手伝うよ」

 にっこり笑って、瑠璃の頭を撫でてやる。

 瑠璃はぱあぁと目を輝かせた。

「わあ。瑠璃うれしい〜♪」

 その笑顔が宝石のようにキラキラ光る。
 凛太郎はかわいいなあ、と目を細めた。

「…」

 瑠璃は凛太郎の表情を目を見開いて見る。
 顔になにかついていたのだろうか。

「ああ、ごめんごめん。あんまりにも瑠璃ちゃんがかわいかったから見とれちゃった」

「瑠璃、かわいいの?」

「うん。瑠璃ちゃんみたいな子だったら…うん。かわいいと思う」

 自分の子供だったらいいな、はさすがに口にはできない。
 云った手前、ちょっと恥ずかしくなってしまった。

 瑠璃はその場に俯く。

「瑠璃ちゃん…?」

 かわいいよりも綺麗と云われた方が嬉しいのだろうか。
 凛太郎はちょっとうろたえるが、次の瞬間。

 ばふ。

 飛びつかれた。

「瑠璃、ちゃん…?」

 対応に困る凛太郎だったが、瑠璃のその行為は、少なからず自分を好いているものだと思うことにした。




 凛太郎に手伝ってもらい、なんとかプリンが完成した。
 しかも、巨大なプリンが。

 瑠璃が欲張って、大きいのを作りたいと云いはじめたのだ。

 カップを探すのも一苦労だった。

「ふぅ。なんとかできたね。早く渡しに行くといいよ。きっと姫乃も喜ぶよ」

 透明のケースに入れ、涼しく演出して、更にビニールでラッピングをする。

 凛太郎も姫乃の喜ぶ顔を想像して、顔をほころばせた。

「落とさないように気をつけてね」

 瑠璃の顔くらいもあるプリンを渡し、玄関まで送る。

 瑠璃は靴を履いて、大事そうにプリンを抱え直すと、凛太郎に振り向いて、ぺこりと頭を下げた。

「手伝ってくれて、ありがとう…」

「いいよいいよ、またいつでもおいで。オレでよければいつでも力になるよ」

 その言葉に瑠璃は小さく頷き「バイバイ」と手を振る。
 プリンの重さにふらふらしながら、瑠璃は凛太郎の元を後にした。

 凛太郎は瑠璃の後ろ姿を見て、ちょっと寂しく思えてしまった。

「瑠璃ちゃんのお父さん、オレだったらいいのにな」

 凛太郎は俯き加減に瑠璃を玄関先から見送った。

 向かいの豪邸の門をくぐる姿を見届け、凛太郎は家の扉を静かに閉めた。




 家に戻った瑠璃は巨大プリンを抱えたまま、姫乃の部屋に向かう。

 階段で転びそうになったが、プリンを落とさないように意識していたので、なんとか耐え切る。

 部屋の扉の前に立ち、コンコン叩く。

「はい〜」

 返事が聞こえた。
 どうやら中にいるようだ。

 瑠璃はそっと中に入った。

 すぐに姫乃が迎えてくれた。

「瑠璃ちゃん、どうしたの?」

「あの、あのね、母さま…」

 もじもじ。

 普段顔を合わせているのに、なんだか妙に緊張する。
 なかなか話が切り出せない。

「あのね、今日…母の日なの…」

「あ、今日母の日なんだ〜」

「うん…。だから瑠璃ね、母さまに…」

 もじもじしながら瑠璃はプリンを姫乃に差し出した。

「私に?」

 思わぬプレゼントに姫乃は最初戸惑うが、視線を同じ高さに合わせ、そっと瑠璃から受け取る。

 なかなか美味しそうだ。

「ひとりで作ったの?」

 瑠璃は首を横に振る。

「へ〜、そうなんだ。誰かに手伝ってもらったんだね。でも、手伝ってくれるような人、誰かいたかなあ…」

「…さまと…」

「え?」

「ううん、なんでもない! 内緒!」

 なにか云いかけた瑠璃だったが、聞き取れずに終わってしまった。
 しかし、瑠璃を支えてくれている人がいる事実は知ることができた。

「母さま、いつもありがとう…。瑠璃、いつまでも母さまと一緒にいたい…! 瑠璃、母さまのこと大好きだから…!」

 ばふ。

 瑠璃は姫乃に勢いよく抱き着いた。

 姫乃は頭を撫でようとしたが、瑠璃がわずかに震えているのに気付き、表情を濁らせる。

「瑠璃ちゃん…」

 瑠璃はこの時代を生きる子ではない。
 姫乃の前世の子だ。
 瑠璃の本当の時代の母親はいない。

 瑠璃がその時代に帰るとなると、母親のいない事実をまた目の当たりにしなければならない。

 ずっとこの時代にいるわけにもいかないだろう。

 父親だって心配しているに違いない。

 いつか必ず別れが訪れる。

 その日が来るまでは、せめて…。

 姫乃はプリンを横に置くと、瑠璃をぎゅっと抱きしめた。

「瑠璃ちゃん、ありがとう…」

 瑠璃は無言で頷いた。

 子供なのにいろんなことを我慢しているのが感じられた。
 何故、前世の姫乃は瑠璃の傍にいれなかったのだろう。
 寂しさと悔しさが込み上げてきた。

「ごめんね…」

 瑠璃の傍にいれなかったのは前世の姫乃の罪。

 瑠璃は身体を震わせて嗚咽を漏らした。
 それでも、声を上げて泣かない。
 声が漏れるのを必死に堪えて震えている。

「瑠璃ちゃん、我慢しないでー…」

 姫乃の腕に力が入る。

 姫乃も大粒の涙が瞳からぽろぽろとこぼれていた。

「瑠璃ちゃん、来てくれてありがとね。私をお母さんって云ってくれて、ありがとね…」

 前世のことは何ひとつとして記憶にないけれども。

 それでも、自分を母親だと慕ってくれる瑠璃に感謝しなければ。
 母親らしいことを何もしてあげられなかったのに。

 でもこうして抱きしめていると、とても近い存在に思える。
 時代は違うが、やはり瑠璃は姫乃の子供には違いない。

「…プリン、一緒に食べようか」

 瑠璃はその言葉に小刻みに頷いた。



 …瑠璃の作ったプリンはどこか懐かしい味がした。

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