01/31の日記

09:42
ホットミルク〜現代編 登場人物紹介
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雪成→お金持ちのお坊ちゃん。シスコン。

姫乃→雪成の姉。

少女→???

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09:39
ホットミルク〜現代編
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 物音がする。

 真夜中、ふと目が覚めた雪成は、窓の向こうでなにかの気配を感じた。

 ひとまず窓を開けて、庭の様子を見下ろすが、暗くてよく分からない。

 ノラネコの喧嘩かと思ったが、鳴き声はしない。

 なんだ?

 普段の雪成なら気にも留めずにまた眠りに就くのだが、妙に気になる。

 珍しく好奇心に負けて、確認しに行くことにした。

 パジャマの上からコートを着て、部屋を出て玄関に向かう。

 玄関で懐中電灯を持ち、ルームシューズのまま、無理矢理父のサンダルに足を通して外に出た。

 夜風が身に染みる。

 昼と夜ではこうも気温が違うのか。

 身を縮めながら庭に回り、懐中電灯で辺りを照らす。
 どこにも異常は見られない…か?

 やはり気のせいか猫だったのだろうか。
 外に出て確認するほどのことではなかった。
 何を思って外に出たのだろう。
 雪成は肩をすくめてため息をついた。

 ちょっとどうかしていたに違いない。

 明日は休日とは云え、夜更かしもよくない。

 ホットミルクでも飲んで、また寝直そう。

 そう思い、踵を返す。


 …ズズ。


 なにかが芝生の上を這うような物音がした。

「誰だっ!?」

 がばっと振り返り、懐中電灯を照らす。

「!?」

 雪成は目を見開いた。

「ひ、と…?」

 視覚に入ったのは、雪成と同じくらいの少女。
 何も纏わぬ姿で、電灯の光を腕で遮っていた。

「なんでこんなところに…」

 しかも裸で。

 ぼん。

 雪成の頭上から熱が噴火した。


 どどどどどどどうしよう。

 素っ裸の異性を前にした時の対処方を誰かに教えてもらいたい。

 直視できず、とりあえずあわてふためき、頭を抱える。

 頭の中は「どうしよう」の五文字しかない。

 脳内のあらゆる知識を引き出して、途方に暮れる。

 そんなに経験も、知識も持ち合わせてはいない。

 読んだ本も参考にならないものだ。

 とりあえずなにか服を…。

 思い出したようにはっとして、自分が着ていたコートを少女にかぶせてやった。

 少女の肩が一瞬震える。

 怯えているのだろうか。

「だ、大丈夫…?」

 いい言葉も思い付かず、気休めにしかならないような言葉をかけてみる。

 俯いていた少女が、雪成の声につられて振り返った。
 目が合った瞬間、少女は驚いたような表情をし、口元を両手で塞いだ。

 同時に雪成も驚いた。

 顔と手に鱗のようなものがついている…。

 一陣の風が庭を駆け抜けた。

 とりあえず寒い。

 コートを少女に渡してしまったために、部屋着の一枚ではさすがに堪える。

 これ以上、外にいるのは嫌だ。

 なんでもいい。

 中に戻ろう。

 ずるっ。

 鼻水も出て来た。

「とりあえず、寒いから中に入ろう。立てるか?」

 余計なことは考えずに、少女に手を差し延べる。

 少女は不思議そうにその手を見つめて困惑する。

「寒いから…。入るの? どうするの? このままここにいたいの?」

 ちょっと寒さに耐えられなくなってきた雪成は声を少しあらげる。

 少女はびくっと身体を震わせた。

「あ、ごめん…。そんなつもりじゃないんだ…」

 怯えさせたと思い、自分の非を詫びる。

「立てるか?」

 もう一度聞くと、少女は曖昧な頷きを返してきた。
 雪成は手を引いて、少女を立ち上がらせた。

 少女の身体がぐらりと傾く。

「あ、おい!」

 どうやら、あんまり歩ける状態ではないらしい。

「ほら、肩貸してやるから」

 少女に、自分の肩に腕を回すように促し、少女を支えるようにして歩く。

 それなら少女もなんとか歩けるらしい。

 そのまま玄関に戻り、家の中に入る。

 もうそれだけでぐったりだ。

 さて。ここからどうしよう。

 とりあえず着るものをなんとかしないと。

「姉さま、起きてくれるかな?」

 今は夜中。頼りになるのは姉の姫乃だが、もう寝ているだろう。

 他の者は当てにならない。
 メイドも執事もさほど話の分かる者はいない。
 小さい頃から動物を拾ってきては「また拾ってきて!」と呆れられたほどだ。
 今度は女の子を拾ってきたなんて話、メイドたちの暇つぶしの嘲笑ネタでしかない。


 雪成はダメ元で姫乃の部屋に向かうことにした。

 少女を気遣いながら階段を上り、姫乃の部屋の扉を軽く叩いた。

「姉さま…?」

 返事はない。

 やはりダメだろうか。

 もう一度叩いてみる。

 やはりちょっと無理があるか。

 あるいは自分の服でとも思ったが、さすがにそれはなんとなく気が引ける。

 せめて下着だけでもどうにか入手したいのだが。

「姉さま…」

 もう一度。

 更にもう一度。

 もう一回叩こうと手を上げたところで拳が空回りした。

「姉さま! よかった!」
 眠そうに目をこすりながら出て来た姉の姫乃を、そのまま部屋に押し込む形で部屋の中に入る。

「う? こんな時間にどうしたの雪成?」

 部屋にある乙女趣味の時計を見上げると、2時過ぎを指している。

 みんな寝静まっている時間だが。

「緊急事態なんです。ちょっと訳があって…。姉さまの服を貸してもらいたくて…」

 雪成が視線で連れて来た少女を示す。

 コートの下に何も着ていないのを察した姫乃は、はっとした。

「大変! どうしたの?」
「庭に裸でいたので、ほっとけなくて…」

「こんな時期に夜中に外で?」

 姫乃は驚きながら、俯き気味の少女の顔を覗きこんだ。

「大丈夫? 身体冷えてない? 今お風呂用意するからちょっと待っててね。…あ、雪成、そこに座ってて…」

 姫乃は急ぎ足で、自室に備え付けの専用の風呂に向かう。

 数分後には水音が聞こえ始めた。

「今、お湯入れ始めたから。それとえっと…」

 姫乃は何か思い出したように部屋を飛び出して行った。

 ひとまずなんとか難は逃れただろう。
 状況がいい方向に傾いて、雪成は安堵の息をついた。
 円卓の席に着き、姫乃の帰りを待つ。


「オマエ、気分悪いのか?」

 フードをかぶってずっと俯いたままの少女の肩に、そっと手をかける。

 少女は肩を揺らして顔を背ける。
 あまり見られたくないのだろうか。

 あんまりしつこく問い詰めるのもどうかと思い、雪成は座っていた椅子の距離を離した。

 沈黙が流れる。


 気まずい。

 いろいろ落ち着かない。
 聞こえるのは風呂場の水音だけ。



「お待たせ〜。ごめんね〜」

 数分後に姫乃が盆にマグカップを三つ並べて持って帰って来た。

 テーブルに盆ごと乗せ、少女と雪成の前にマグカップを置いた。

「これで少しは温まると思うよ」

 マグカップからは湯気が立っていた。

 ホットミルク。

 姫乃の作る、雪成が大好きなホットミルクには、隠し味が入っている。

「おいしいよ♪」

 おっかなびっくりしている少女に、ホットミルクを笑顔で勧める。

「猫舌なのかな?」

 姫乃が心配そうに問うと、少女は首を横に振り、そっとマグカップに手を添える。

 冷えた手にマグカップのあたたかさが心地よい。

 横で雪成が音を立てて啜った。
 今日もほっとする味は変わらない。

「あ、お風呂! もうたまったかな〜?」

 思い出したように、姫乃は風呂場へ急ぐ。
 一言二言何か云っているのは聞こえたが、内容までは耳に届かない。

「遠慮しないで飲むといいよ。姉さまのホットミルクはやさしい味がするから温まるんだ」

 雪成はふっとやさしい笑みを少女に向けた。

 これも姫乃のホットミルクの魔法だろうか。

 少女はマグカップを見下ろし、そっと両手で持ち、口に運んだ。

「どうだ? 美味しいだろう」

 雪成の言葉に少女は頷く。
 そのはずみで、コートのフードが取れて、少女の顔があらわになる。

 顔の半分がピンク色の鱗で埋め尽くされていた。

 鱗は少女の笑顔に負けない輝きを放っていた。

 雪成は、思わずその笑顔に見惚れてしまう。
 照れ隠しに、ホットミルクを一気飲みしたが、それが裏目に出て、おもいっきりむせた。

 格好悪い。

 更におもいっきりへこむ。

 少女は、腰を折る雪成の背中を慌ててさする。

 さっきまでの戸惑いが嘘のようだ。

「笑えるじゃないか…」

 雪成はぽつんと呟いて、顔を上げた。

 少女はきょとんとしていたが、コートのフードが頭から外れているのに気付き、慌てて顔の半分を手で隠す。
 しかし、その手も鱗があるのを思い出し、更に慌てて、腕を突き出して、弁解するように両手を横に振る。

 そのはずみで。

「!?」

 少女の椅子が傾いた。
「おっと、危ない」

 雪成が機転を利かせて椅子を支えた。

 少女は雪成と目を合わせ、頬を赤らめた。

「気をつけろよ」

 雪成の言葉に少女は俯き気味に頷いた。

「雪成、お風呂どうする? わいたよ〜」
 姫乃が服とタオルなどを揃えて戻って来た。

「大丈夫? ちょっとは落ち着いた?」

 にこにこと少女に問い掛ける。
 少女は少し戸惑いながら頷いた。
 姫乃は少女の風貌に驚いていないようだ。

「ねぇ、お名前なんていうの?」

 少女は再び戸惑う。
 ちらほらと辺りを気にして、何もないと分かると、手振りで紙と書くものを求める仕草をする。

「喋れないの…?」

 事実を知った姫乃が悲しそうな表情を見せた。
 少女はその問いに一回頷いたが、再び慌てて手の平を横に振り、気にするほどではない、と伝える。

 その横から、雪成が紙とペンを少女に渡した。

 少女は「ありがとう」と云うように雪成に微笑み、それを受け取った。

 ペンを手に取り、草書体で三文字を記した。

「千波矢…?」

 こくんと少女は頷いた。
「じゃあ、ちーちゃんだね! ちーちゃんよろしく〜」

 姫乃は千波矢と名乗る少女に握手を求めた。
 千波矢は呆気に取られつつ、姫乃の手を握り返した。

 あたたかい。

 千波矢が感じた手のぬくもりは、久しぶりのものだった。
 それまでの緊張もすっとほぐれて行った。

 不思議な子だ。

 自分の容姿をものともしない人間は、千波矢にとって初めてだった。

「でもなんでお庭にいたの? 迷子…? 私でよければ力になるよ」

 千波矢は俯いたが、少し考えてから顔を上げ、ペンを手に取り、自分の経緯を語り始めた。


 ホットミルクは魔法の味。

 ここからまたひとつの物語が始まる−。

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