01/31の日記
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ホットミルク〜現代編 登場人物紹介
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雪成→お金持ちのお坊ちゃん。シスコン。
姫乃→雪成の姉。
少女→???
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09:39
ホットミルク〜現代編
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物音がする。
真夜中、ふと目が覚めた雪成は、窓の向こうでなにかの気配を感じた。
ひとまず窓を開けて、庭の様子を見下ろすが、暗くてよく分からない。
ノラネコの喧嘩かと思ったが、鳴き声はしない。
なんだ?
普段の雪成なら気にも留めずにまた眠りに就くのだが、妙に気になる。
珍しく好奇心に負けて、確認しに行くことにした。
パジャマの上からコートを着て、部屋を出て玄関に向かう。
玄関で懐中電灯を持ち、ルームシューズのまま、無理矢理父のサンダルに足を通して外に出た。
夜風が身に染みる。
昼と夜ではこうも気温が違うのか。
身を縮めながら庭に回り、懐中電灯で辺りを照らす。
どこにも異常は見られない…か?
やはり気のせいか猫だったのだろうか。
外に出て確認するほどのことではなかった。
何を思って外に出たのだろう。
雪成は肩をすくめてため息をついた。
ちょっとどうかしていたに違いない。
明日は休日とは云え、夜更かしもよくない。
ホットミルクでも飲んで、また寝直そう。
そう思い、踵を返す。
…ズズ。
なにかが芝生の上を這うような物音がした。
「誰だっ!?」
がばっと振り返り、懐中電灯を照らす。
「!?」
雪成は目を見開いた。
「ひ、と…?」
視覚に入ったのは、雪成と同じくらいの少女。
何も纏わぬ姿で、電灯の光を腕で遮っていた。
「なんでこんなところに…」
しかも裸で。
ぼん。
雪成の頭上から熱が噴火した。
どどどどどどどうしよう。
素っ裸の異性を前にした時の対処方を誰かに教えてもらいたい。
直視できず、とりあえずあわてふためき、頭を抱える。
頭の中は「どうしよう」の五文字しかない。
脳内のあらゆる知識を引き出して、途方に暮れる。
そんなに経験も、知識も持ち合わせてはいない。
読んだ本も参考にならないものだ。
とりあえずなにか服を…。
思い出したようにはっとして、自分が着ていたコートを少女にかぶせてやった。
少女の肩が一瞬震える。
怯えているのだろうか。
「だ、大丈夫…?」
いい言葉も思い付かず、気休めにしかならないような言葉をかけてみる。
俯いていた少女が、雪成の声につられて振り返った。
目が合った瞬間、少女は驚いたような表情をし、口元を両手で塞いだ。
同時に雪成も驚いた。
顔と手に鱗のようなものがついている…。
一陣の風が庭を駆け抜けた。
とりあえず寒い。
コートを少女に渡してしまったために、部屋着の一枚ではさすがに堪える。
これ以上、外にいるのは嫌だ。
なんでもいい。
中に戻ろう。
ずるっ。
鼻水も出て来た。
「とりあえず、寒いから中に入ろう。立てるか?」
余計なことは考えずに、少女に手を差し延べる。
少女は不思議そうにその手を見つめて困惑する。
「寒いから…。入るの? どうするの? このままここにいたいの?」
ちょっと寒さに耐えられなくなってきた雪成は声を少しあらげる。
少女はびくっと身体を震わせた。
「あ、ごめん…。そんなつもりじゃないんだ…」
怯えさせたと思い、自分の非を詫びる。
「立てるか?」
もう一度聞くと、少女は曖昧な頷きを返してきた。
雪成は手を引いて、少女を立ち上がらせた。
少女の身体がぐらりと傾く。
「あ、おい!」
どうやら、あんまり歩ける状態ではないらしい。
「ほら、肩貸してやるから」
少女に、自分の肩に腕を回すように促し、少女を支えるようにして歩く。
それなら少女もなんとか歩けるらしい。
そのまま玄関に戻り、家の中に入る。
もうそれだけでぐったりだ。
さて。ここからどうしよう。
とりあえず着るものをなんとかしないと。
「姉さま、起きてくれるかな?」
今は夜中。頼りになるのは姉の姫乃だが、もう寝ているだろう。
他の者は当てにならない。
メイドも執事もさほど話の分かる者はいない。
小さい頃から動物を拾ってきては「また拾ってきて!」と呆れられたほどだ。
今度は女の子を拾ってきたなんて話、メイドたちの暇つぶしの嘲笑ネタでしかない。
雪成はダメ元で姫乃の部屋に向かうことにした。
少女を気遣いながら階段を上り、姫乃の部屋の扉を軽く叩いた。
「姉さま…?」
返事はない。
やはりダメだろうか。
もう一度叩いてみる。
やはりちょっと無理があるか。
あるいは自分の服でとも思ったが、さすがにそれはなんとなく気が引ける。
せめて下着だけでもどうにか入手したいのだが。
「姉さま…」
もう一度。
更にもう一度。
もう一回叩こうと手を上げたところで拳が空回りした。
「姉さま! よかった!」
眠そうに目をこすりながら出て来た姉の姫乃を、そのまま部屋に押し込む形で部屋の中に入る。
「う? こんな時間にどうしたの雪成?」
部屋にある乙女趣味の時計を見上げると、2時過ぎを指している。
みんな寝静まっている時間だが。
「緊急事態なんです。ちょっと訳があって…。姉さまの服を貸してもらいたくて…」
雪成が視線で連れて来た少女を示す。
コートの下に何も着ていないのを察した姫乃は、はっとした。
「大変! どうしたの?」
「庭に裸でいたので、ほっとけなくて…」
「こんな時期に夜中に外で?」
姫乃は驚きながら、俯き気味の少女の顔を覗きこんだ。
「大丈夫? 身体冷えてない? 今お風呂用意するからちょっと待っててね。…あ、雪成、そこに座ってて…」
姫乃は急ぎ足で、自室に備え付けの専用の風呂に向かう。
数分後には水音が聞こえ始めた。
「今、お湯入れ始めたから。それとえっと…」
姫乃は何か思い出したように部屋を飛び出して行った。
ひとまずなんとか難は逃れただろう。
状況がいい方向に傾いて、雪成は安堵の息をついた。
円卓の席に着き、姫乃の帰りを待つ。
「オマエ、気分悪いのか?」
フードをかぶってずっと俯いたままの少女の肩に、そっと手をかける。
少女は肩を揺らして顔を背ける。
あまり見られたくないのだろうか。
あんまりしつこく問い詰めるのもどうかと思い、雪成は座っていた椅子の距離を離した。
沈黙が流れる。
気まずい。
いろいろ落ち着かない。
聞こえるのは風呂場の水音だけ。
「お待たせ〜。ごめんね〜」
数分後に姫乃が盆にマグカップを三つ並べて持って帰って来た。
テーブルに盆ごと乗せ、少女と雪成の前にマグカップを置いた。
「これで少しは温まると思うよ」
マグカップからは湯気が立っていた。
ホットミルク。
姫乃の作る、雪成が大好きなホットミルクには、隠し味が入っている。
「おいしいよ♪」
おっかなびっくりしている少女に、ホットミルクを笑顔で勧める。
「猫舌なのかな?」
姫乃が心配そうに問うと、少女は首を横に振り、そっとマグカップに手を添える。
冷えた手にマグカップのあたたかさが心地よい。
横で雪成が音を立てて啜った。
今日もほっとする味は変わらない。
「あ、お風呂! もうたまったかな〜?」
思い出したように、姫乃は風呂場へ急ぐ。
一言二言何か云っているのは聞こえたが、内容までは耳に届かない。
「遠慮しないで飲むといいよ。姉さまのホットミルクはやさしい味がするから温まるんだ」
雪成はふっとやさしい笑みを少女に向けた。
これも姫乃のホットミルクの魔法だろうか。
少女はマグカップを見下ろし、そっと両手で持ち、口に運んだ。
「どうだ? 美味しいだろう」
雪成の言葉に少女は頷く。
そのはずみで、コートのフードが取れて、少女の顔があらわになる。
顔の半分がピンク色の鱗で埋め尽くされていた。
鱗は少女の笑顔に負けない輝きを放っていた。
雪成は、思わずその笑顔に見惚れてしまう。
照れ隠しに、ホットミルクを一気飲みしたが、それが裏目に出て、おもいっきりむせた。
格好悪い。
更におもいっきりへこむ。
少女は、腰を折る雪成の背中を慌ててさする。
さっきまでの戸惑いが嘘のようだ。
「笑えるじゃないか…」
雪成はぽつんと呟いて、顔を上げた。
少女はきょとんとしていたが、コートのフードが頭から外れているのに気付き、慌てて顔の半分を手で隠す。
しかし、その手も鱗があるのを思い出し、更に慌てて、腕を突き出して、弁解するように両手を横に振る。
そのはずみで。
「!?」
少女の椅子が傾いた。
「おっと、危ない」
雪成が機転を利かせて椅子を支えた。
少女は雪成と目を合わせ、頬を赤らめた。
「気をつけろよ」
雪成の言葉に少女は俯き気味に頷いた。
「雪成、お風呂どうする? わいたよ〜」
姫乃が服とタオルなどを揃えて戻って来た。
「大丈夫? ちょっとは落ち着いた?」
にこにこと少女に問い掛ける。
少女は少し戸惑いながら頷いた。
姫乃は少女の風貌に驚いていないようだ。
「ねぇ、お名前なんていうの?」
少女は再び戸惑う。
ちらほらと辺りを気にして、何もないと分かると、手振りで紙と書くものを求める仕草をする。
「喋れないの…?」
事実を知った姫乃が悲しそうな表情を見せた。
少女はその問いに一回頷いたが、再び慌てて手の平を横に振り、気にするほどではない、と伝える。
その横から、雪成が紙とペンを少女に渡した。
少女は「ありがとう」と云うように雪成に微笑み、それを受け取った。
ペンを手に取り、草書体で三文字を記した。
「千波矢…?」
こくんと少女は頷いた。
「じゃあ、ちーちゃんだね! ちーちゃんよろしく〜」
姫乃は千波矢と名乗る少女に握手を求めた。
千波矢は呆気に取られつつ、姫乃の手を握り返した。
あたたかい。
千波矢が感じた手のぬくもりは、久しぶりのものだった。
それまでの緊張もすっとほぐれて行った。
不思議な子だ。
自分の容姿をものともしない人間は、千波矢にとって初めてだった。
「でもなんでお庭にいたの? 迷子…? 私でよければ力になるよ」
千波矢は俯いたが、少し考えてから顔を上げ、ペンを手に取り、自分の経緯を語り始めた。
ホットミルクは魔法の味。
ここからまたひとつの物語が始まる−。
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