08/04の日記
15:15
雛乃の誕生日〜登場人物紹介
---------------
雛乃→龍之介の子供。ファッションに興味を持つ。
瑠璃→姫乃の前世の子供。過去から現代にタイムスリップ。神木家に居候。
龍之介→神木家長男。姫乃の兄。雛乃の父親。
姫乃→龍之介の妹。のんびりマイペース。
前へ|次へ
□ 日記を書き直す
□ この日記を削除
15:04
雛乃の誕生日〜現代編
---------------
今日は雛乃の誕生日だった。
けれども当のの本人は浮かない顔をいている。
夕飯は盛大にやろうと、神木邸のメイドたちが大にぎわいしていた。
それを見ていた瑠璃もわくわくしていた。
「・・・雛ちゃん、今日はごちそうみたいだよ。瑠璃楽しみ〜」
「うん。そうね」
「・・・あれ? 雛ちゃんうれしそうじゃないよ?」
誕生日を祝ってもらえることほど嬉しいことはない。なにがそんなに不満なんだろう。
瑠璃は首を傾げる。
「別にうれしくないわけじゃないわ」
母親の元にいたころと比べると、申し分ないいくらいよくしてもらっている。
母親は誕生日すら覚えていなかった。
いつも独りでいたので、どちらかと云えばそれに慣れていた。
同級生の子が、誕生日パーティを開いたんだ〜なんて話を聞いて、羨ましい気持ちはあったのだが。
今日その憧れていたことが現実に起きようとしているのに、気乗りしない。
雛乃は眺めていたファッション雑誌を、ため息をついて閉じた。そのままベッドに放り、雛乃自身もベッドに身体を投じる。
「う〜ん・・・」
もやもやする。
原因は分かっていた。
「こんな時にあいつがいないなんて。結局雛なんてどうでもいいのよ」
父親の龍之介がいない。
ここ数週間、仕事か何かで家を空けていた。
誕生日までには戻ってくるから、と云っていたのに、全くその気配がない。
結局、父親顔をしても肝心な時にいないのでは親とは云えない。
「もういいもん」
なにも期待しない。
そもそも最初から自分は何を期待していたのだろうか。
もともと親の愛情なんて、母親を見て期待していなかったというのに。
コンコン。
雛乃の部屋の扉がたたかれた。
「雛乃ちゃん、ちょっといいかな〜?」
「・・・あ! 母さまだ〜!」
声ですぐ誰かわかった瑠璃が雛乃の代わりに扉を開けに行く。
「あら、瑠璃ちゃんもいたのね」
部屋の中に入ってきたのは姫乃だった。
大きな包みを携えている。
雛乃へのプレゼントだろう。
「・・・母さま、雛ちゃん、元気がないみたいなの。どうしたのかな?」
「え〜? そうなの? どうしたの? 私じゃ力になれないかなあ」
「別になんでもないもん」
誰かがどうにかできる問題でもない。
それに、龍之介がいなくて寂しい、なんて子供じみたこと、口が裂けても云えない。
「あのね。雛乃ちゃんにプレゼント用意したんだよ。瑠璃ちゃんと一緒に選んだの。もらってくれないかな」
そっと雛乃に包みを渡す。
まだ不機嫌な顔のまま、雛乃はそれを受け取った。
「ありがとう」
でも、ちょっとうれしかった。
こうやって誕生日にプレゼントをもらったのは初めてだった。
「開けてみてもいい?」
遠慮気味に問うと、ふたりは大きくうなずいた。
「・・・絶対雛ちゃん気に入ってくれると思う!」
雛乃が喜ぶ姿を想像して、瑠璃はいっそう目を輝かせた。
雛乃は丁寧に包みを開けた。
かさかさと紙のこすれる音だけが室内に響く。
みんなそれぞれ緊張の一瞬だ。
「あ・・・」
中から顔を見せたのは一着のワンピースだった。
雛乃の大好きなピンク色の、ふんわり感たっぷりのシフォンのドレス。
雛乃だったら、普段使いでもできそうなものだ。
さすが二人が選んでくれただけのことはある。雛乃は一目でそれが気に入った。
「・・・着てみて〜。雛ちゃんが着てるの瑠璃見たい」
「うん」
雛乃は元気よく答え、クローゼットの陰に隠れてすぐに着替えて出てきた。
「どう? 変じゃない?」
「うわ〜。雛ちゃんすごいよく似合ってる〜」
「よかった。気に入ってもらえたかな」
姫乃の問いに雛乃はうなずく。
「ありがとう。すっごくうれしい」
ようやく雛乃はにこっと笑った。
姫乃もそれにつられて微笑んだ。
「雛乃ちゃん、もしかして、元気がないのってお兄さまのこと?」
姫乃が図星をつき、雛乃ははっとして顔を赤らめる。
「べ、別に違うわ! 龍之介なんて全然、絶対関係ないんだから!」
「雛乃ちゃん・・・」
力説するが、姫乃にはなんでもお見通しのようだ。
「大丈夫だよ。お兄さまは雛乃ちゃんのためだったら、絶対帰ってくるから」
「別にそんなんじゃ・・・」
「お兄さまはね、私との約束を一度も破ったことがないの。ううん、私だけじゃない、雪成も、お母さま、お父さま、家族に関してはどんな状況でも一番に接してくれる。そんな人なの」
「でも、雛は・・・」
雛乃の母親と離婚した龍之介。
母親は家族に成り得なかった。
その母親の血が混ざっている雛乃。
本当に神木家の家族と同じくらいの気持ちはあるのだろうか。
特に今まで龍之介にはひどいこともしてきた。父親だと思わせるような行動は全くしなかった。「お父さん」なんて一度も呼んだことがない。
嫌われて当然なのかもしれない。
家族と思われていないのかもしれない。
一気に不安に襲われた。
「雛ちゃん・・・」
瑠璃も心中を察したのか寂しそうに眉根を寄せる。
そしてきゅうっと雛乃を抱きしめた。
「瑠璃・・・」
雛乃は最初驚いたが、瑠璃の身体が震えているのに気づき、背中に腕を回して、軽くなだめてやる。
瑠璃は自分の世界で母親を亡くし、この世界では父親がいない。
どちらも健在な雛乃は恵まれているのだろう。
「不安にさせてごめんね、瑠璃。ありがとう」
信じられるものがあるからいい。
瑠璃が置かれた状況よりはずっといい。
それに以前のように、野放しにされているわけでもない。
今は瑠璃もいて、あたたかい家族に包まれて、何不自由なく暮らしている。
「姫乃姉さまもありがとう。雛、龍之介とはいい親子じゃないかもしれないけど、今は瑠璃も姫乃姉さまもいるもん! だから大丈夫!」
龍之介との絆は姫乃が云うような自信はない。
しかし、それ以上のものもある。
姫乃と瑠璃の存在があたたかい。
それだけでもう十分だった。
「今日はそのお洋服でパーティに出るといいよ。お兄さまもきっとかわいいって云ってくれるよ」
「うん!」
雛乃は精一杯の笑顔でうなずいた。
「じゃあ、私もちょっと下でみんなのお手伝いしてくるね〜。雛乃ちゃんのためだったら、私もなにかしたいから」
そう云い、姫乃は部屋を後にしようとした。
ちょうどそのとき、一目散に駆けて来た人物とすれ違う。
姫乃は一瞬それが誰か認識できず、目で追ったが、その人物が望んでいたものだと分かると安心したように微笑んだ。
「雛乃、遅くなってごめんね。いい子にしてたかい?」
龍之介は珍しく息切れをして雛乃の前に立っていた。
急いできたのだろう。
着ているスーツも若干乱れ、いつもかっちりしていて隙のない龍之介からは、想像もできない姿だった。
突然のことに雛乃は驚きすぎて声が出なかった。
「そのドレス、すごく似合ってるね。誰かからもらったのかな?」
息切れしながらも、龍之介はにこにこと雛乃に問いかける。
そして、そっと力強い腕で雛乃を抱きしめた。
「元気そうでよかった。寂しくはなかったかい?」
「・・・汗臭い」
「え? ああ、外は暑いからね」
指摘を受け、龍之介は離れようとしたが、雛乃がそれを拒んだ。
「雛乃?」
汗臭い。
でも父親の匂いがする。
一番傍にいてほしい存在。
「遅い・・・。待ってたんだから・・・」
「うん。ごめんね。でも約束は守れたかな」
ちょっと格好悪かったけどね、と付け加える。
そんな意外な一面が見れたことが、雛乃には嬉しかったが。
「ああ、そうだ」
龍之介は雛乃からいったん離れると、鞄の中から黒い紙袋を取り出した。
「お誕生日おめでとう。はい。これプレゼント」
まさかそんなものを用意しているとは思ってもいなかった雛乃は、驚いて目を見開きながらそれを受け取った。
「開けてごらん」
雛乃は静かに首を縦に振り、紙袋から綺麗にラッピングされた包みを出し、その包装をゆっくりと開けた。
中から出てきたものは・・・。
「香水・・・?」
それもまた意外なものだった。
「なんで!?」
どうして自分の欲しいものが分かったのだろう。
決してこれが欲しいと云ったことはなかったのに。
それは雛乃が前から欲しくて仕方なかった香水だった。
自分が子供なのは少なからずわきまえている。
だから大人のイメージのある香水なんて、誰にも欲しいとは云えなかった。
子供にはまだ早いと云われるのが当たり前だと思っていた。
雑誌で見てボトルの形や香りの説明に憧れるだけにすぎなかったが、それでも一度手にしてみたいと思っていた。
それも、一番欲しかった香水だった。
「俺は雛乃のことだったら何でも知ってるよ」
にこにことしながら雛乃の頭を優しく撫でる。
「気に入ってくれたかな」
雛乃は静かにうなずいた。
そして肩を震わせて嗚咽混じりに涙を流す。
「ん? どうした?」
さすがにこれは龍之介も予想できなかったのか、少し焦る。
「バカ〜! うえ〜ん!」
言葉とは裏腹に、泣きついてきた雛乃を龍之介は優しく抱きしめた。
そんな光景を目の当たりにしていた瑠璃は少し寂しくなって、肩を落とした。
雛乃が嬉しそうなのは、嬉しいのだが、ちょっと複雑な気持ちだ。
「父さま・・・」
ぽつりと言葉を紡ぐ。
それに気づいた龍之介は、雛乃の気を害さないように鞄を引き寄せ、中から大きな箱を取り出し、瑠璃に「お土産だよ」と云ってそっと渡した。
箱にはチョコレートの絵が書いてあった。
瑠璃の好物だ。
「姫乃と一緒に食べておいで」
こっそり瑠璃に耳打ちをする。
瑠璃は数回うなずいて、その場を去ろうとする。
しかし、お礼を云うのを忘れたと、一言伝えに戻ろうとした。
「・・・」
いや、後にしておこう。
状況を判断してすぐにその場を後した。
前へ|次へ
□ 日記を書き直す
□ この日記を削除
[戻る]